11月23日 朝

新米が売れていないらしい。朝、テレビをつけると、おじいさんがインタビューに答えていた。「家でコメを食べる機会が減った。実際に朝はコメを食べなくなった」新米が売れていない、ということは、この手のひとが増えていると推察することができる。朝はパン、昼はパスタ、夜は晩酌。シメが必要なひとはお蕎麦。パンにも種類があるし、麺も無限にアレンジすることでごはん食に劣らない健康メニューが可能でしょう。一時期、グルテンフリーなるものがもてはやされたが、あれはなんだったのだろう。日本人を米食に回帰させる国策だったのかもしれないと勘繰りたくなる。ジョコビッチがセリアック病だっただけで、検索すると、日本人の発症はひじょうにまれと出るくらい日本人の大半には無関係な話だ。パンを食べて、調子をくずしたことなどないし、パスタを食べて起き上がれなくなったのは単に食べ過ぎただけだし、ごはんを食べすぎて気分が悪くなったこともあるし。翻って、新米にかぎらず、コメ全体に目を向けるとどうだろう。備蓄米は入荷されると、すぐに売り切れるというぐらい人気だそうで、輸入米もばかすか売れているという。こういうひとたちはごはん食をパンや麺に代替できないひとたち。いわゆる子育て世代のひとが多いのではないか。コメさえありゃあ、なんでもできるがね。大家族一家のお母さんの名言を持ち出すまでもなく、コメがない食生活ではエンゲル係数が桁違いに跳ね上がってしまうのだろう。現在の農水大臣は趣味が銘柄米を食べること。就任直後にネットで見た情報だが、そのときは無頓着でいられた。いまは違う。怒りを覚える。バブル期を知る者として現在との違いをひとつ挙げるとするなら、それは選択肢の多様化だと思う。種類もさることながら、平たくいえば、価格の多様性。酒屋に6000円のワインしかなかった当時とは異なり、600円のワインを買うことができる時代。発泡酒や第三のビールが誕生する環境変化。なのに、コメだけが時代に逆行するようにバブル期に戻りつつある。5キロ5000円か50000円か知らんが、勝手に食べて一人で唸ってろ。10キロ2000円のコメを市場に出せ。タイ米を関税なしで無制限に輸入しろ。カリフォルニア米の古古古古古古古古米でいい。味なんて、しらんがな。家畜のえさとかしらんがな。安いコメを売れ。10キロ10万のコメと10キロ1000円のコメを選べるようにしろ。農相の仕事はそれだけだ。

11月22日 朝

三連休、というひとも多いのではないでしょうか。三連休の朝にテレビでよく聞くセリフ。連休もそうだが、最も格差をかんじるなあと思う時期が正月。食品関係のひととか、初売りに備えるショッピングモールの従業員などは正月元日も出勤が当然。働き方改革で意識の変化は進んだが、ドイツのように皆が一斉に休むという商慣習にはほど遠いのが実情。ちょっと改善したなと近所のスーパーで実感したのが、昨年か一昨年か、三年前かちょっと前。普段、9時からオープンが元日だけ10時になった。三が日は閉店時間も早まった。せいぜい、これぐらいの働き方改革。改革と大手を振るより、改良とぽっと頬を染めながら遠慮がちにいってほしいレベルだ。とはいえ、スーパーを利用する客の立場からすれば、営業時間は長ければ長いほど、便利、と思いがちなのも、結句、どこかちぐはぐなのであって、政府が無理やりにでも決断しなければ、解決しない課題なのだろう。翻って、その政府の長はワークライフバランスを捨てると明言しているわけで、どちらかというと、働き方改革は逆行する傾向にある。コメも増産から減反へ。国会議員の給料は5万円ほど引き上げられるというニュースもあり、逆行が加速化すると、やはり、自民党は自民党なんだなと思わざるを得ない。コメの価格にも敏感だが「トマト最高値更新、平年比2倍の水準に」という見出しは見逃せない。とまとよお前もか。サウナ後の晩酌開始に欠かせないメニュー。それが冷やしトマト。いつごろからか、ひと玉100円程度だったのが、199円になり、それからさらなる上昇の兆しを見せてからは季節の移り変わりもあって、すっかり見向きもしなくなった。ひいきにしていたローカルアイドルが、ビッグスターになった、という印象ではない。ちょっと小金をつかんでしまったばかりに勘違いはなはだしい成金というてい。あんま調子のんなよ。とまとなんかいらんわい。ゆどうふをいただくわい。そう、物価の優等生はいまやおとうふだけなのかもしれない。あんま、調子のんなよ。足元、すくわれんぞ。

11月21日 朝

二十四節気では、そろそろ小雪の時期。ブラックフライデーの先行セールがはじまった。Amazonでジェットウォッシャーとマウスウォッシュを買ったが、まだ序の口。まだまだこれから。昨日はボジョレーヌーボーの解禁日。カモがネギをしょってやってくる。そう、11月も下旬に差し掛かると、気分的にはもうクリスマス商戦のただなかにいるような気になり、あ、ちゅうまに今年もエンディングを迎えそうな気配が巷間を覆う。年末の恒例行事と化した、エムワングランプリも準決勝進出30組が発表され、また波乱、オズワルド、ちょんまげラーメン敗退の見出し。オズワルドはわかるわい。ちょんまげラーメンてなんじゃーい、もっとー、ちょんまげラーメンてなんじゃーい、アホの坂田でえ、あーりがーとさーん。ダウンタウンのリハーサルをバカ殿姿で見ていた坂田さん。「おまえら、おもろい」「おまえのほうがおもろいわ」年末を間近に控えて、ほかになにがあったかというと、紅白の出演メンバーの発表があった。白組が3組ほど少ないとか書いていた。たぶん。下までスクロールしていないので、誰が出るのかまったく知らないが、いつごろからか、年忘れ日本の歌みたいなタイトルのほうをひいきにするようになった。昨年か、一昨年、テンフィートが紅白に出演した年も、八代亜紀を見ていたような気がする。年末の風物詩が様変わりして、昔ほど、年の瀬を感じる機会が減った。これから、もっと減っていくのかなと思うと、少し寂しいが、正月明けの憂鬱も感じる機会が減ったと思えば、イーブンなのかもしれない。日本レコード大賞、各賞受賞者&曲が決定という見出し。いつになったら、レコードの冠が取り外されるのか。レコードプレーヤーのほうではなく、記録のほうと言い張って、続ける腹なのかも。一回でいいから、優秀作品賞に選ばれてみたいものだ。来年はまずはデモテープ作りだな。鬼が笑ってる。来年も高笑いしていたい。

11月20日 朝

ここ数日、映画ブラックレインを何度も見返している。ユーチューブでたまたま見つけたから観た。Amazonプライムを探すとあった。また、観た。日本公開時に観た印象といまではまるで異なる。当時は違和感しかなかった。日本とシナを混同したような演出。欧米の日本観を強調しすぎた滑稽な描写。ナイトクラブで流れる珍妙な音楽。健さんが仕事帰りに飲むトロピカルカクテル。ふんどしやくざにアクロバティック暴走族。あらゆるシーンが目につき、鼻についた。時は流れた。これだけ何百回も観ていると、ほとんどの役者のセリフや所作を覚えてしまった。時が流れて、改めて観ると、ディテールを無視できるようになった。何度も繰り返し観たくなる映画のひとつとなった。日本側の主要出演者で存命なのはガッツ石松氏ぐらいだろうか。名優たちが共演、競演、あるいは饗宴した最初で最後の映画として、これから先も語り継がれる。マイケルダグラス、アンディガルシアもよかった。特にいまさらながら痺れるのはリドリースコットが撮る大阪の街。大阪港、梅田、心斎橋、なんば、十三、京橋、あべの。結句、映画は映像なんだなあと再認識した。似た映画がある。スカーフェイス。「公開当時は決して評論家などからの評価は高くなかったが、その後、時間の経過と共にマフィア映画のカルト的な傑作としての評価が確立し、特に黒人の若者たちの間では熱狂的に支持されるようになった」とウィキペディアにあった。スカーフェイスもいまでは大好きな映画のひとつだが、最初、観たときはアルパチーノのやりすぎた感に辟易した。松ちゃん監督の壮大なコメディ映画のようでもあった。時は流れた。何度も観たくなる映画のひとつとなった。ソーホワットも最初の印象はよくなかったな。ブラックレインのような映画を令和の時代につくってほしいな。

11月19日 朝

急に寒くなって、ジムに上着を持って行った。筋トレ中はもちろん軽装なのだが、帰りを配慮した用意だった。これがおもいのほかミスマッチで、上着を羽織ると、汗が止まらない。というのもジム内は暖かい。ジムを出ると、すぐに車内。車内から地下駐車場に停めて、ショッピングモールという流れで、屋内に入ると、暑くてしかたなかった。サウナを四セットもした風呂上がりの身体に少しだけ浴びた外気が心地いいぐらい。となると、屋内では上着を脱いで手に持つことになる。車に置いておけばよかった。上着を脱げば、中はあいかわらずの風呂上りのタンクトップ。某ラウンジで佇んでいると、後ろから「寒くないの?」と声をかけられ、肩付近の素肌を指で押された。振り返ると、ババアがいた。一瞬、ジムの顔なじみかなと思い、躊躇したが、触られたことがとにかく不快でしかたない。風呂上がりのぴかぴかの身体に薄汚いババアの手が触れた。発狂しそうだった。あとは晩酌が待っているだけの清潔な身体をババアの不潔な指で押された。異物にはひとこと言ってやらなきゃ。見てるこっちが寒いのよ。人生経験、常識、色眼鏡を駆使して作った短いモノサシで推し測ろうとする老害独特の悪意さえ感じた。振り返りはしたが、何もいわずに立ち去った。椅子に深く腰掛けながらも、わなわなと手が震えた。ふつふつと怒りが湧いてきた。どう解釈しようと勝手だが、勝手に触んなババア。昨日、コリアンアイドルにキスしたババアのニュースがクローズアップされていたが、最初の報道時には何を大げさなという印象だった。今は違う。相当、不快だったろうな、と同情する。潔癖症というわけでもないのだろうが、現代は総じて潔癖な社会に突入したきらいがある。いつのまにかオジサンだけでなく、女性の大部分も汚いものになってしまった。コロナ禍に戻りたい。次の感染症に期待しよう。

11月18日 朝

時間をロスすることほど腹の立つことはない。10秒、20秒。その積み重ねが人生だ。とはいえ、時間節約のため、ひとつ、ひとつの振舞をおろそかにするかというと、そういうことでもない。曹洞宗の開祖、道元は日々の暮らしの所作、ひとつひとつが修行の場であると考えた。日常のすべてが修行。ずいぶん昔に出会った言葉だが、きっかけは土を食う日々、ファンシーダンス、京極夏彦氏だったか。とにかく本を読みまくっていたころなので、別の入り口かもしれない。まるで覚えていないが、何かをきっかけにこの厚みのある教えをすんなりと受け入れた。起床、掃除、食事、入浴、就寝を丹念に丁寧に務める。こなすのではない。務める。もしくは、努める。時短と緻密は相反する考え方ではない。昔から冷凍食品やインスタント麺で食事を済ませるなどもってのほかだったが、別にこれは個人の指向なので、他者を否定すべき争点にしたくない。たくあんやみそといった保存食も見方を変えれば、1000年前のインスタント食品と変換できる。便利と入念は矛盾しない。あるいは、利便性と礼節にも乖離はない。ただ、このあたりの微妙なニュアンスを思い違いすると、悟りに行き着けない気はする。すんなりと受け入れたその当時よりも現在のほうが道元の教えにさらに忠実だ。調理には時間をかける。朝食をパンとコーヒーで済ませるなど論外だ。朝からピザとか?と訊いてきたバカがいたが、ピザはつくらない。バカも相手にしない。起床からリビングに行くまで、40分はかける。簡単な掃除が20分。朝食の準備も野菜、肉、魚に包丁をいれるところからはじめる。入浴時間は90分が目安。晩御飯は3時間。こういう生活を送っていると、時間はいくらあっても足りないと感じるようになる。隙間にものを詰め込むように素早く迅速に、されど、細心、慎重に行動する。休憩という概念はない。たえず、目が動き、手が動き、頭を働かせる環境をキープする。オートパイロットもそのひとつ。時間を人生に置き換えることができなかったとき、道元の教えが胸に響く。

11月17日 朝

骨のない魚。今朝の美味しんぼのサブタイトル。不眠症に悩むレーサーを助けたい一心から、山岡さん、なんとかしてくださいと栗田ゆうこが無茶ぶり。なんか、いつものアホアホパターンだなあと思いながら、朝食の準備と並行して最後まで観た。食べ物の話ならともかく、医者でもないんだから、山岡さんには無理よね、と冷静な突っ込みをいれる三人組のひとり。20分を20秒でまとめると、レースに勝った暁には珍しい料理、骨のない魚をごちそうしますよと山岡。骨のない魚とはなんなのか、レース以外のことに意識が分散しているうちに熟睡。不眠症解消。レース優勝。骨のない魚を堪能。ハッピーエンド。朝食の準備も完了。不眠症に悩む人ってどんなひとか。ぱっと思い浮かぶのはラーメンを好きな人。ラーメンが好きなひと。ラーメンの好きな人。てにをはが手につかない。眠いからだと思う。「西村くん、眠れないんだ」「それはドクターに相談されたほうが」「西村くん、ぼくの身体はね。ラーメンでできてるんだ。チャーシューなんていらない。ぜいたくはいわない。麺とスープだけでいいんだ」映画、南極料理人の名シーンだが、不眠症でぱっと思い浮かぶのはこの一コマで、今朝の美味しんぼの展開でもとっさにこのシーンを思い出した。ディテールは異なるが、睡眠に食事が影響するというのは昔からよく知られた因果関係で、ことさらに強調したいのは食事をおろそかにしないこと。ラーメンを食べて、よく眠れるのであれば、ラーメンを食べましょうよ、ということでもある。消化の悪いラーメンなど、寝るまえにもってのほかだ、言語道断、問答無用、だめったらダメだ。その先入観が不眠を引き起こす。固定電話をやめましょう。昔の友達からかかってきたらどうすんのよ。その方向性が被害を引き寄せる。スマホキャッシュレスにしましょうよ。電波障害が起きたらどうすんの。その想像力が未来を引き離す。サウナ、ビール、焼き肉で爆睡。まだ、眠い。

11月16日 朝

プリンターが壊れた。たぶん。インクを変えても、ヘッドクリーニングをしても、真っ白なテストプリントが排出される。もう15年ぐらいの付き合いなので、潮時かもしれない。ジェットウォッシャーも調子が悪い。こちらも買い替え時なのかも。ちょうど、アマゾンのセールがはじまる。いろいろ改善していこう。電化製品に翻弄される日々からいつ解放されるのだろう。パソコン、スマホ、電子ジャー、エアコン、キーボード、ごみ箱。買い替えたいものを挙げればキリがない。今年は洗濯機がシャープからアイリスに変わった。アイリスは開梱、設置、調整までこなした。シャープはリサイクルセンターに台車で持ち込んだ。今度はエアコンに挑戦してみたい。昨日は髪の毛をブリーチした。中学時代からセルフブリーチ。ギターの弦を交換する手間に似ている。今年はナット交換もはじめて経験した。20年前からはヘアカットもセルフ。フロービーという掃除機に連結させて使うシステムを愛用。たいていのものはセルフで済ませるが、なかにはどうしても人の手を借りなければならない所要もある。それが、歯医者。健康診断。車の修理。職業が医者、車いじりが趣味、嫁が歯医者というのが最強のドゥーイットユアセルフかもしれない。そういえば、フローネの父親も医者だった。無人島で生き残るにはまずは医学の知識。脱出するには船長のスキル。無人島なら漂流者が船長。都市部なら友達が弁護士というのが理想。あいだを取って、南極の観測基地ならどうだろう。というわけで、映画、南極料理人のメンバーがベストという結論にいたるのだった。映画を観た。原作も読んだ。残るはドラマ。そう、アマゾンプライムで面白南極料理人を発見したのが数日前のこと。見終わったのが一昨日のこと。なんかの漫画で、食材を持て余すひと、調理器具を持っているひと、コックだが食材も調理器具もないひとが暮らすアパート、という設定があった。みんな、おなかを空かせていた。必要なのは点と点を線にする人。南極料理人では南極そのものがプロデューサーという感じだったが、現代に本当に必要なスキルは南極なのかもしれない、という気がしてきた。自動車王フォードは無学だったが、人の使い方を熟知していた。今、誰が必要か。適切な判断を下せるひとだった。ドゥーイットユアセルフ。大いに結構。されど、たまには、ユダヤ人の娘になりたい。ユダヤ人の娘はね、肉体労働を手伝ったりしないの。肉体労働をするひとにお茶を入れてあげるのよ。電化製品に翻弄される日々から解放されたい。

11月15日 朝

シナ政府が日本への渡航を避けるよう注意喚起。自縄自縛。爆笑してしまった。発端は高市総理の発言にあるということだが、両国にとって、友好を促進する発言だったという証左だろう。爆買いも今は昔。シナ人観光客によってもたらされる不利益は目に余る。ついでに移民も自ら規制してほしい。次の一手は移住自粛呼びかけ。そして、国交断絶へ。真の友好が達成される日を心待ちにする。自縄自縛といえば、あのバカが被害者遺族に示談を持ち掛けているという。争う姿勢から一転。「真実相当性の争いをしない。自白する方針になりました。示談をさせていただきたい」あのバカの代理人からの申し入れ。ちなみに謝罪の意思は示していないらしい。示談とは結句、金で解決をしたいということだろうが、ここまで愚弄が度を過ぎると、客席で下品な茶番狂言を見ている気にすらなる。刑務所で還暦を迎えるあわれなバカ。診察台の上でおしりを丸出しにしたまま、40歳の誕生日を迎える結婚できない男を思い出した。あの涙には哀愁が漂っていたが、このあわれなバカが60歳を迎える朝、きっと自らの腐臭に涙していることだろう。自縄自縛は続く。銭湯の利益6割減、値上げはもろ刃の剣。今、いくらなのだろう。金額を見て、びっくり。大阪府600円。一人暮らしをはじめたころ、部屋に風呂がなかった。近くの銭湯に通っていたが、たしか270円かそこらだったと思う。銭湯が600円。燃料費の高騰がそのまま料金に上乗せされた形だが、600円ならもうちょっと出して、シャンプー、リンス使い放題のスーパー銭湯に行くよねというのが庶民の感覚だと思う。近場の銭湯もいまやレア。見かける店舗数もスーパー銭湯とさほど変わらない。自縄自縛で町の銭湯文化も風前のともしび。鈴木大臣のおこめ券発言が世間の失笑を買うなか、新米も買うかというと、高すぎて買わない。自縄自縛でコメ離れ。おこめ券て。子供か。脳みそが子供のままのやつばかり。

11月14日 朝

東京銀座の老舗和菓子店が無断キャンセルで悲鳴、という見出し。どういうことか。事前決済をしていないのが原因。なぜ、していないのか。導入に費用がかかるから。なーる。今後もこのような事態は続くだろう。予約販売をやめるか。事前決済にするか。ふたつにひとつしか方法はないように傍目には映るのだが、信頼、信用、義理人情で成り立っていた日本型決済システムとでもいうのか、このシステムが今まで存在できていたのが奇跡に近い気がしないでもない。一昔前のデリバリー文化もいまでは事前決済が主流だろう。利用する側も事前のほうが簡単、安心、安全。ただ、事前決済では完結できない決済方法というのがあり、それが、地域通貨、商品券など。ゴートゥーのころ、さんざ活用させてもらったリージョンペイも地域通貨のひとつで、話題になった無限くらも確かここに反映されたような気がする。イートのほうは記憶がちぐはぐだが、トラベルのほうは完ぺきに覚えている。旅行金額に応じて、リージョンペイで還元されるシステム。全国津々浦々、いろいろな名称があった。大阪、奈良はリージョンペイだった。京都だけ別。もらったペイを何に活用するか。京都はコンビニでも使えた。大阪ペイの使い途は主に三つ。飲食店で食事、みやげものを買う、飲食店のテイクアウト。ほかにもあったと思うが、この三つでほとんど使い切ったはず。食事、みやげものはわかりやすい。問題はテイクアウトの予約で、ゴートゥーに対応する店であっても、事前決済が主流のなか、くら寿司とニューミュンヘンは予約テイクアウト、事後決済が可能だった。回転ずしチェーン店ではくら寿司だけ。毎週のように寿司おけを抱え、旅行に出かけたものだった。事前登録は必要だったと思うが、冒頭の老舗和菓子店とほぼ同じ対応だったはずだ。地域通貨、商品券、あるいは別の事後決済でしか活用できない何かの決済方法を見直さなければ、課題は解決しないのかも。店が多額の費用をかけてシステムを構築します、ではなく、国が率先してアイデアを出す問題のような気がする。民泊、オーバーツーリズム。インバウンドの余波に翻弄されるのはいつも庶民。恩恵を受けるのはだいたい国。信義、信頼、信用、日本型口約束。根本原因は憲法の前文にあるのかもしれない。早期の見直しを。