12月1日 朝

やっぱりすごい。何が。昨日もすごかった。だから、何が。だからー。サイゼリヤがすごかったの。老若男女、人種も国籍も問わず、ひとりで、ふたりで、ファミリーで。ワインにビールにドリンクバー。興奮のるつぼと化した夜のサイゼリヤがすごかった。中学生と思しきカップルがドリアをつまんでいる。その向かいの席ではおじいさんとおばあさんがドリアを食べている。またその隣では子供の横でお母さんがドリアを口に運んでいる。ドリアばっかりかーい。イタめしブームが日本に巻き起こったのはいつのころだったか。80年代終わりから90年初頭にかけて、日本中を席巻した。テレビや雑誌でことあるごとに取り上げられ、若年層を中心にもてはやされた。ブームをけん引したのはティラミス。ティラミスをきっかけにイタめしブームが過熱化し、喫茶店のナポリタンとミートソースしか知らなかった多くの日本人がパスタにワインを合わせるという食習慣を獲得するのだった。そう、当時、まだスパゲッティ、またはスパゲティという名称が一般的だったが、パスタ、あるいはパスタ料理と認識が一変していくのだった。タリアテッレ、ファルファッレ、コンキリエ、フェットチーネとか、それはスパゲッティじゃなくて、スパゲッティーニとわざわざ指摘する猛者まで現れる始末。テレビや雑誌の受け売りだったはずの文化がいつのまにか定着していった。大阪ドームのまえにできたソーニディソーニがイタめしブームの最後の象徴だったように記憶している。バブル終焉とともにその後、サルバトーレクオモにイタめしブームは細々と受け継がれていく。阪神大震災、地下鉄サリン、銀行、証券会社倒産、荒れ果てた90年代が過ぎると、バブル期の文化的背景はよりいっそう希薄化していき、世の中の中心世代も様変わりしていった。そして、またイタめしがスポットライトを浴びる日が訪れる。空前のサイゼリヤブーム到来だ。300円でおつりがくるイタリアン。ワイン一杯100円。1000円でマグナム。2000円でへろへろ。3000円でべろべろ。そんな思いでに浸りながら、昨夜もサイゼリヤを満喫したのだった。

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