7月29日 朝

肉の日だ。年に12回ある肉の日のなかでも7月と8月は特別感がある。なぜなら、暑くて夏バテするからだ。なんというわかりやすさだろう。夏バテには肉。なかでも焼肉。じゃあ、今日は焼肉に行くかというと、たぶん昼はそうめんだとおもう。肉はパワーを享受すると同時にパワーを消耗するのだ。肉といえば、庶民の、肉、の代表格吉野家がコロナ禍に苦しんでいる。かつては狂牛病で苦しみ、消費増税で苦しみ、人件費増と材料費増で苦しみ、今回は最大150店舗の閉鎖もありうるという。庶民の味方、吉野家の牛丼を最後にいただいたのはおそらく去年の今頃だったような気がする。タンクトップで牛丼並をかっこんだ記憶がある。紅ショウガをこれでもかと載せ、身体のために一応サラダと味噌汁もつけて、いただきまーすとわしわしと食べ進んでいくしあわせは牛丼ならではもので、焼肉やステーキにこうした喜びはない。ひとによっては同じ喜びを見出し、ごはんを頼むかもしれないが、相当の酒飲みは焼肉にビール、ステーキにワインが通常で、そのまま呑み進め、ごはんにたどり着くまえに三件目で潰れてしまう。吉野屋で潰れることはない。吉野屋が潰れることもない。なんとか踏みとどまってⅤ字回復をとげてほしいものだ。jcomの「高校球児 がんばって」の口調で吉野家さんがんばってと皆で叫ぼう。肉料理といえば、ほかに思いつくのはしゃぶしゃぶとかローストビーフ。レアなところではシュラスコとか、国によってはメジャーかもしれないが、日本ではほかにケバブなんかもイベント以外ではなかなかいただく機会がない。書いていて気づいたのだけれど、肉の日の、肉、というと、なぜ、牛肉ばかりが思い浮かんでしまうのだろう。肉、なのになぜか、鳥や豚や羊の発想がない。ケバブもドネルケバブを思い浮かべていた。以前ももしかすると当ブログで取り上げたかもしれないが、外国人が日本にきてとまどうのはそのあいまいさにある。日本人であれば、なんとなく小さいころからのイメージで想像できるのだけれど、この想像も日本人同士のなかでたまに食い違うほど難しい。焼肉といえば、牛肉をメインに考えてしまうし、焼き鳥のメニューにガツがあればそれは焼きとんで、焼き豚といえば、チャーシューで、ああ、ややこしくなってきた。肉のよさはその単純さにある。たまの京料理もいいが、今日は肉の日。単純にいこう。

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