7月4日 午前中

ブックオフがクーポンをくれたので酒肴人というコンビニ本を買った。類さんとなぎらさんの回以外は人情物で、酒にまつわったエピソードのどれもが泪を誘うものだった。それで唐突に酒のかたすみにという以前、買った本を読みたくなった。マガジンラックからひっぱりだして色川武大の頁を紐解いてみた。「人生と勝負と運と」と題されたもので、編集者の中本氏の視点で色川氏との思い出をつづっている。自分のことで恐縮だが、人生でつまづいたとき、ゴッドファーザーをみるように色川氏のエッセイを読む。色川氏の偉大さは自分とは正反対にあるところで、ひととの距離が近く、深いのだ。どうやったらあんなふうになれるのか、読むたび、唸ってしまう。「人生と勝負と運と」のなかにこんなセンテンスがある。「人生はマラソンだよと次のように言われた。マラソンはね、あれは他の選手を追い抜いて一着になる競争じゃないんだ。自分より前を走っていった人たちが落伍していって、自分の着順が上がっていくんだよ。問題は自分のペースで完走できるかなんだ……」酒の席でのご高説だが、この考え方は色川氏の内面をよく表している気がしてならない。名作「うらおもて人生録」のなかでも9勝6敗説というものが出てくる。これは当ブログでも一度か、もしかしたら何度か紹介しているので、掘り下げて説明はしないが、実にこれが人生を生きやすくしてくれたことをよくおぼえている。思い起こせば、短かった学校教育の本質は15勝0敗を目指す教えだった気がする。社会に出ればその教え(呪い)は強化され、なにか踏み出すたびにその足先は全力を要求するものばかりだった。勝て。勝てば次がある。負ければ次はない。やがて0勝15敗のときを過ごす。もちろんひどく落ち込む。社会不適合者とさえ感じる時期。されど、時を経て、振り返ってみると、決して無駄な時期ではなかったことを強く自覚するようになる。「麻雀狂時代」に次の一節がある。「勝つほうも、負ける方も、同じように何かを失う。勝つ者の方が、大きいものを失うことが多い」酒のかたすみにはいつも人生の縮図が顔を覗かせている。今夜も酒肴人として過ごすことだろう。

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