5月19日 午前中

エチオピアの奥地に住んでいた山羊飼いの物語。ある日のこと、放し飼いにしていたヤギが興奮して夜になっても飛び回っていた。調べてみると、草と一緒に食べた赤い実が原因だった。山羊飼いもその赤い実を食べてみたら気分が爽快になった。その噂を聞いたひとりの修行僧が修行中の眠気覚ましに役立つのではないかと試してみると、効果はてきめんで夜の修行に大変に役立ったという。この話が村中に広まり、やがて国中、果ては異国にまで知れ渡ることとなった。山羊飼いの名前はカルディといった。そして、カルディの食べた赤い実こそが、コーヒーだった。そう、これこそがコーヒー発見のエピソード。この逸話を目にしたのはたぶん想像通りカルディコーヒーファームの店内の壁なのだけど、いわゆるカルディ伝説を知った最初の日が一週間前のことだった。コーヒーとももうずいぶん古い付き合いになるが、はじめて出会ったのはいつだっただろう、と郷愁のかなたを模索してみるのだけど、多くのひと同様、まったくおぼえていない。だが、小学生の高学年ごろにはすでに飲んでいたような気がする。母親がコーヒー好きなひとで、というか昭和の親世代のひとたちはやたらめったら喫茶店に行っていたように記憶している。小さいころは母親とその友達がアイスコーヒーを飲む傍らでチョコレートパフェ、フルーツパフェを食べるのが楽しみだった。その流れのようにおもう。いつごろからかコーヒーの味をおぼえた。夏には缶入りのアイスコーヒーが冷蔵庫で冷やされていて、と書くと、昨今の大半のひとが自動販売機で売られているような缶コーヒーを想像しがちだけれど、はて巨大なそれは缶切りでふたに穴を開け、両手で抱えグラスに注ぐタイプのものだった。こう説明してもわからないひとはわからないだろう。今日では業務用に近い。普段、自宅で飲むのはネスカフェのインスタントコーヒーが主流だった。これは家庭の事情はさほど関係なく、どの家庭もそうだったようだ。本格ドリップコーヒーなる代物は喫茶店や専門店の専売特許だった。映画コーヒー&シガレッツをはじめてみたとき、思い浮かんだのは当時、どこにでもあった昭和の風景だった。喫茶店はオトナたちがコーヒーを飲むところであり、さらにタバコを吸うところだった。スターバックスがまだ日本になかったころの話だ。

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