5月16日 朝

あいかわらず南コリが鬱陶しい。日本にこんりんざい一切かかわらないでほしい。最近は南コリに関するニュースを避けているが、ついつい目に入ってしまう。そして、そのすべてが鬱陶しい。気持ち悪い。日本に来るな。助けない。教えない。関わらない。今度は千葉県で「ブレーキを踏んだのに急発進した」車が御出ましになられた。登場人物は65歳男性。公園の砂場で遊んでいる園児に向かって突っ込んだ。保育士が身を挺してかばったので園児にけがはなかったが、自らは重症。この女性保育士こそ国の宝であり、率先して表彰すべきだろう。車というものは乗り物以前に破壊兵器なのだという認識を老いも若きも持つべきだ、とする教育を施さなければこの国はもたないのではないだろうか。乗らない。呑まない。還暦で卒業。以前、何かで読んで記憶していた話。顔は不器用だけど、髪の毛だけは自信があるという女性がいて、そのせいで娘さんも小さいときからわかめばかり食べさせられていた。そのおかげか、小さいころは赤っぽく生え際がうすかったのに年老いてもふさふさでいられる。なんとなく覚えていたエピソードで、まったくその所以を思い出せなかったのだけど、たまたま手にした本に載っていた。沢村貞子氏の「わたしの茶の間」という本の一節だった。母とわかめ、と題したそれは下町女のきっぷにあふれている。きっぷのいい女。粋なおとこ。共通するのはその単純さだ。シンプルであればあるほど魅力はあふれる。ついでにその次の話、母あての葉書では下町女の、きれはなれ、について綴っている。「子どもたちが新しい着物を見立てて贈るとすぐに前のものをまわりのひとにあげてしまうからタンスはいつもガラガラだった」きれはなれ、とはなんと色香にとんだ言葉だろう。物事はこうありたい。余分なものが多すぎる。いらないものが多すぎる。これは関係性だってそうだ。乗り物だってそうだ。いらないものが多すぎる。先日、おそらく着ないであろう夏服を大量に売りに行った。670円になった。150円という破格の値がついたのはアロハシャツだけだったが、気分は爽快だった。

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