1月12日 早朝

いやあとにかく白菜が高い。近所の業務スーパーに行くと一玉700円だった。キャベツも高い。葉物野菜が軒並み高い。いったい、どうなっているのか。なぜこうも安定供給できないのか。ここまでシーズン時に何度も何度も高くなると裏にある意図を勘繰りたくなってしまう。こうした背景を受け、消費者心理は悪化の一途を辿っている。家計を圧迫、と書くメディアも多いが、多くの家庭は圧迫に甘んじはしないだろう。買い控えるか代替野菜に切り替える。野菜やガソリンといった生活に直結する物品のここまでの高騰はとうとう日本もスタグフレーションに突入したのかと警戒するレベルだ。台風と長雨による気温低下を理由にするが、こうした高騰時への対策が日ごろから取られていないのが問題であって、おそらく危機という認識が政府レベルで皆無なのだろう。小さなほころびはやがて致命傷になる。安部政権は可及的速やかに葉物野菜の輸入量を大幅に拡大すべきだ。生活保護費も6ヶ月連続で増加し、過去最多を記録している。例の「はれのひ」事件の内幕も明らかになりつつあり、和服業界を取り巻く環境の厳しさが年々、悪化していることもわかった。1980年には1兆8000億円規模の市場も2016年には2785億円とピーク時の6分の1程度まで売り上げが縮小した。遅かれ早かれ、起こるべくして起こった今般の事件といえなくもない。成人式のあり方が今後、問われる。被害に遭われた新成人はただただ気の毒だが今まで代金未払いで被害を被ってきた呉服店の実態を窺い知ることができた。一石を投じたことは確かだろう。同様に街へ出て変化を実感するのは冠婚葬祭に対する日本人の意識の変化だ。結婚式に費用をかける層が激減したころと時を同じくしてこじんまりした葬祭会館をよくみかけるようになった。僧侶の仕事も減ってきていて一時期アマゾンの派遣サービスが世間をにぎわせたのも記憶に新しい。これはどの伝統産業にもいえることで日本の代名詞ともいえる漆も多くは大陸産が用いられているという。理由はたったひとつ。安いからだ。農林漁業の6時産業化の波ももはや当たり前の潮流と化してきた。ひとことでいうと、日本社会は変わった。第一の理由は先にのべたように金がなくなったからだが、失われた20年とは、とどのつまり伝統文化と費用対効果を秤にかけさせた20年であったともいえる。日本人は利を取った。そうせざるを得ない現実に誰もが額面通りには受け取らなくなった。当然、世代間ギャップもある。神道をそれほど重く受け止めない若年層にとって、たとえ信仰に篤くあろうとしてもほとんどはネットのなかで完結してしまうのかもしれない。しめ飾りを飾る家も減った。門松を立てる家も探すほうが難しい。全体に昔より正月が簡素化した。生活保護の増加をその1例とみるのは危険かもしれない。しかし確実にいえるのはデフレからの脱却がスタフレに近づいているということで、これを否定する論拠はあまり多くない。株高にいい気になったところで、しょせんは2極化でしかなく、庶民の生活の疲弊が解消されるわけではない。AIによって減らされるべきは公務員しかいない。答えは明白だが滅びるまで手をつけない。そして滅びてからではもう遅い。

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