2月28日 朝

28日なのに月末。肉の日のない月末。昨日は春の日差しを感じさせる陽気で、ちょっと寒かったがハーフパンツで外出した。上には上がいるもので、ショートパンツのひとがいた。上がダウンで下がショートパンツという、ギャルならまだしもひげを生やしたおっさんのいでたちなのだった。世の中にはいろいろなひとがいる。大食いだるまもいれば、小食じぞうもいる。ちょっと変わったひと、めっちゃ変わったひと、すこぶる変なひと。そんなひとたちがコンビを組むと、おもしろいストーリーができあがる。ストリートが少しだけにぎやかになる。コンビといえば、ビーバップのヒロシとトオルもそうだった。古くはヤッターマン。ツービート、ダウンタウン。あずさ二号を歌った狩人。わーたしピンクのサウスポーのピンクレディ。いろいろなコンビが日本で活躍した。世界に目を向ければ、ぱっと思いつくのはアメリカンニューシネマのコンビだ。ブッチキャシディとサンダンスキッド。ボニーアンドクライド。イージーライダー、真夜中のカーボーイ、ミーンストリート。なかでも最も好きな作品がスケアクロウだった。日本語でかかしを意味するストリートムービー。ライオンとマックス。マックスを演じたのがジーンハックマンだった。暴力的で気の短いマックス。アルパチーノ演じるライオンと奇妙な二人旅がはじまる。とにかく二人の掛け合いが最高。最後に靴の中から金を出すマックスに涙が止まらない。正直、ジーンハックマンてまだ生きてたんだという思いが強い。御年95歳。大往生だ。ジーンハックマンといえば、ポセイドンアドベンチャーのイメージも強い。CGを駆使したパニック映画をさんざ見尽くしたあと、ある日、たまたま古いポセイドンアドベンチャーを観たのだった。1972年の映画だが、おもしろくてまったくストーリーが色あせていないことに驚いた。ジーンハックマンはいなくなったが、彼の映画はいつまでも色あせない。ひさしぶりにスケアクロウが観たくなった二月の最後の日なのだった。

2月27日 朝

維新を長年、応援してきたが、しばらくそれもお休み。夏の参院選では別の候補者に一票を投じるつもり。それにしても維新にはがっかり。前原と組んだせいで維新も内側から瓦解するのかもしれない。お休みではなく、鞍替えの時期かも。高校無償化?知らんがな。コメの価格をなんとかせい。ガソリン価格をどうにかせい。国民民主党を全力で応援し、自民を叩き潰そう、という流れが世間にできつつある。石破が総裁に就いた時点で自民は破滅の選択をした。自民党に期待することはない。老兵はただ消え去るのみ。救いは50代以下の世代の自民支持率が軒並み下がっていることで、この辺りも安倍総理の時代とは隔世の感がある。よくも悪くも時代は移り変わっていくのかもしれないが、いつまで物価高は続くのだろう。新築マンション価格は8年連続で上がり続け、平均6000万。共同住宅で6000万。バブル期と違うのは圧倒的にスタグフレーションな社会なわけで、二極化が進むばかりの世の中に大規模な変動はもう起きない気もする。小さな変化が目まぐるしく巻き起こる日常。闇バイトの実例が示すように高齢者だけでなく、若年層も気が付けば情弱化するような変化の波。目の前に迫った小さな変化の一つ。3月24日からマイナ免許証がスタートする。選択肢は三つ。更新時の手数料を下げたければ、マイナ免許のみ保有。リスクを避けたければ、従来免許とマイナ免許の二枚持ち。従来免許のみを保有はあまりメリットがない気がする。小さな変化のもうひとつは4月8日からアマゾンプライムビデオに広告が挿し込まれる。広告なしにしたければ追加で390円必要。アドブロックが効かなければティーバーみたいになるのだろうか。コストコの会費も値上がりしたし、アマプラもやめどきかもしれないが、やめる選択肢はない気もする。移り変わる世界に対抗するには自分も変わらなければならない。方法はふたつ。収入を増やすか、支出を減らすか。手っ取り早いのは支出を減らすこと。これ以上、どないせいいうねん。

2月26日 朝

朝、起きて、パソコンを立ち上げると、デュアルモニターの右側のテレビが映らなくなった。バックライトが切れたのかもしれない。仕方ないので、普段は切っている左側のモニターを接続すると、こちらも映らない。hdmiを外しているからだった。ケーブルを探すのがめんどう。メインモニターしかない。一枚というのはこんなに不便なのだなと実感した。26日といえば、226事件。青年将校たちは雪道の東京を行進したというが、忠臣蔵と違い、2月の雪はいまでも違和感がない。一昨日は大阪でも一日中、雪が降った。太宰治は雪を七つに分けたが、水雪がやがて粉雪に変わり、最後は氷雪を見届けた。春待つ氷雪とニイヌマッケンジーも歌っているように今年の雪ももう終わりだろう。26日は風呂の日でもあって、熱い湯に入ってリフレッシュしようと思うが、最近は熱い湯よりも熱いサウナのほうがお気に入りであり、熱いサウナと水風呂でリフレッシュするのが習慣となった。歴史を紐解いても、熱い湯に浸かるより、サウナのほうがその歴史は古く、冷泉浴や水浴びを除けば、蒸し風呂がメインだった。真田太平記に出てくる別所温泉はいまでもおそらく有名だが、幸村は蒸し風呂で汗をかき、へらのようなもので垢をこそげてもらうのが好きだったという描写があった。真田太平記ではなかったかもしれないが、池波さんの真田ものなのは確か。幸村はサウナが好きだった。サ道にあるように昔のお坊さんもサウナが好きだった。水風呂という概念がないので、その頃の冷水をサ道では池と表現しているが、サウナでじっくり蒸されたあと、水風呂の快感におぼれるお坊さんというのも可愛げがあっていい。37日が暦にはないので、3月7日をサウナの日としよう。もしかすると、すでに命名されているのかもしれないが、モニターが一枚なので調べようがない。いや、調べようはあるが、めんどうというのが正直なところ。ああ、時間がない、時間がない、時間がない。毎日、なんでこんなに時間がないのだろう。きっと、10時間も寝ているせいだろう。雑用が多すぎる。ルーティンが多すぎる。イレギュラーが多すぎる。人生の裏表といえばそれまでか。