9月24日 朝

コストコで見つけたクイーンサイズのブランケット。70センチ四方の正方形に成形し、箱に三つづつ収められている。色は白、紺、ブラウンがかったグレー。ベッドや部屋の雰囲気に合わせるならブラウン一択。箱からひとつつまみだし、裏表記を眺める。読めねえ。なぜだ。日本語がないからだ。英語を読むしかない。素材はポリエステル100パーセント。ふんふんなるへそ。問題は洗えるかどうかという点で、最後にdonotdrycreanという表記が見える。これはドライクリーンをするなっちゅうことか、水洗いはオッケーなのか、どっちやねん。至極、悩んだ理由はやはり、手触りのベタベタ感と独特のにおいにある。もし、使ってみて気になるのであれば、最終的には洗濯機に放り込み、じゃぶじゃぶと洗ってしまえばいい。そう決意した時点で、たぶん大丈夫だろうと理解し、カートに放り込んだのだった。さて、コストコを利用するのはこれが5回目ぐらいになるが、買い物をするのは今回がはじめてだった。じゃあ、いままで何をしていたのかというと、ホットドッグを食べ、ドリンク片手に売り場散策をするのがメインだった。初日のレジの行列を見て、怖気づいていたこともカートを持たない理由のひとつだった。何度か利用するうちに、もし買い物をしたくなってもカートをわざわざ外から持ち込む必要はないこともわかっていた。同じような考えのひとはいるもので、カートを押して入店はしたものの別段、安くなく、特段、買うものもなく、かといってカートを持ってきてしまったし、どうしよう。最終的に下される決断が、ええい、カートをここに置いて行ってしまえというもので、これを仮に野良カートと呼ぶことにする。こうした野良カートがいたるところに放置されているのを知っていたのだった。ブランケット購入を決め、最初にしたのは野良カートの発見だった。容易に見つかった。すこし探すだけで、ふたつは放置されていた。よーしよし、こっちにおいで。これを手なずけ、ブランケット売り場まで戻る。ブランケットのついでに以前から目をつけていたビタミンcも買っておくか。明日に続く。

9月23日 朝

コストコでクイーンサイズのブランケットを購入した。アメリカのクイーンサイズなので横230センチ、縦が248センチもある。日に干して、よく叩いてから取り込んだ。昨晩、さっそく、使い始めた。素材はポリエステル100パーセント。当初は静電気がバチバチくるのではないか、怖いな、と思いながら、恐る恐るもぐってみたが、これがすこぶる快適。十分な大きさがあるので、取り合いになることはなく、ゆったりと朝まで包まれている感がある。時期もよかった。冷房をつけてタオルケットだった毎日が急速な秋の深まりによって、冷房をつけてブランケットがちょうどいい具合の気候となった。寒くなると、最終的には羽毛布団に衣替えとなるのだが、これが日本のクイーンサイズなので、おそらく200かける200の大きさしかない。冷房と違い、暖房をつけて眠る習慣はないので、究極、寒ければ、この上にこたつ布団190かける190を載せて寝ることもあったが、昨年は電気敷き毛布を新調したので、200かける200の布団だけが掛布団の全容だった。ベッド幅が160センチなので、一見すると、十分な広さがあると見受けられるが、いざ、寝ると、縦も横も長さが少し足りない気はしていた。これ以上、大きいものとなると、あとはキングサイズしかない。値段も張るし、そもそも大型量販店で売られているのを見たことがない。そこで出会ったのが、コストコのブランケットだった。クイーンサイズで税込み3000円台。日本製であれば、シーツのほうが高くつくだろう。問題はその素材とにおいと触り具合。触ると、全体的にべたべたする。においも真新しい寝具というより、工業製品のような独特の異臭がする。安物買いの銭失いになるのではないか。ひとつ箱から引っ張り出し、裏表記を眺めてみる。なんとそこには。明日に続く。

9月22日 朝

朝から珍しくテレビをつけると、モーサテでパックンの目がやっていた。ああ、そうか、今日は金曜日か。今日のテーマは「ニューヨークを襲う移民危機」移民といえば、国境というイメージだが、なぜ、東海岸というと、バイデン政権の移民政策によるところが大きい。さらにねぐらや食料の提供というホームレス対策が移民にも適用されるスケールメリットがある。大統領選にも影響を及ぼしかねない問題だが、共和党vs民主党だけでなく、民主党内部でもバイデン政権の移民政策に対する批判の声は高まってきており、対立は激化している。どうする、どうなるニューヨーク。リベラル派パックンの答えは極めて単純明快なもので、移民がもたらす利点を思い出せというものだったが、果たして、このトピックスを紐解くと高齢社会と移民というふたつの課題に行き当たるのだった。社会の高齢化のお手本を日本が呈し、移民問題の解決を米国が示す。ふたつの呈示が地球の今後を占う。環境問題も突き詰めれば、このふたつの難題に収れんするのかもしれない。日本がとるべき対策は一貫してテクノロジーの発展を軸に置くべきとおもうが、社会の急速な高齢化にどこまでそれで通用するかという悲歎な側面は否めない。今までの議論は構造をがらっと変えてしまうか、構造を維持するために移民を受け入れるかという二点で語られることが多かった。実験的にはじまった外国人実習制度の取り組みによって、さまざまな課題点が浮き彫りとなり、ウィンウィンどころか、搾取と不正の応酬の実態が明らかとなったのは長い目で見ると、報酬に値するのかもしれない。社会構造の維持は結句、歩きながらのデモクラシーと似たからくりであり、変化を受け入れることで、変化のもたらす社会構造を維持することでもある。高齢者にぶつかるか、ベトナム人にぶつかるか。避けて歩くには道が細すぎるのだった。