4月30日 朝

サイゼリヤでワインのないランチを経験した。人生において、はじめてだった。一応、赤ワインのナンバーを記入し、勘違いで持ってきてくれないかなと震える手で淡い期待を寄せたが、口頭で断られた。叱られた、と感じた。しかたなくハンバーグでもしゃもしゃとご飯を食べた。食事を終えると、館内を一周した。緊急事態措置によってどこもかしこも閉まっているなか、ここイオン茨木太田店だけはコジマ×ビックカメラを除いて、すべて開いている。ユニクロも開いていた。近隣でもジョーシンは休業。しまむらは営業。生活必需サービスでいえば、どちらかというと、電気屋に軍配があがりそうな気もするが、基準がよくわからない。急に電池や電球がいることはあっても、急にスリッパがいるかといえば、いるかもしれない。赤のれんでポリティー三枚とタオルを買った。ポリティーはマンデーの色違いと英語のやつとゴールデンレトリバーと書かれたやつで、いまはそのゴールデンレトリバーを着ているのだけれど、ひごペットフレンドリーに本物がいた。赤ちゃんだったが、ほかの子に比べ、大きくてかわいかった。以前、セントバーナードの子供をみたことがあるが、それに劣らずかわいかった。いつもペットショップの所業を非難するくせに眼前にみせつけられるとデレーっとしてしまう。セントバーナードといえば、ヨーゼフで、ヨーゼフといえば、ハイジで、ハイジといえば、木皿なのだけれど、サイゼリヤのペペロンチーニが木皿で運ばれてきた。大学が近いせいか、テーブルとか内装が全体的に洒脱で、ところで、この洒脱という文字をよくみると、酒を脱ぐと書く。意味を窺うと、俗っぽくなく洗練されていること、とある。酒を着ると、俗っぽく、洗練されていないということなのだろうか。さておき、この木皿が気に入った。ニトリを訪れると、ちょうど似たような木皿を見つけた。実はここ最近、パスタ皿を探している。キッチンボードに限りがあるので、大きさは大きいほうがいいのだけれど、限界がある。パスタ皿はある日はカレー皿になり、あるときは煮魚を装えるような雅致がなければならない。そうした意味でニトリの木皿はぴったりだったが、躊躇したのはその価格だった。イオン茨木太田店にはほかにダイソーやスリーコインズも入っていて、もしかするともっと安いものが見つかるかもしれないと考えたのだ。そうこうするうち、館内はめちゃ混みとなった。ゴールデンウィークがはじまってはみたが、どこも行くところがないのだなというような家族連れも多かった。本当は夜の肴も買って帰りたかったのだけど、行列に並ぶ気力はない。行列のなかほどで、おとうちゃんが刺身盛りを何パックも抱えている。これで一杯やるのかな。店、開いてないもんな。酒、飲めないものな。肉屋もぎゅうぎゅう詰め。29日の肉の日だものな。牛と牛をこれでもかとかごに詰めて、今夜は焼肉かい。外はどしゃぶり。2時過ぎぐらいから半端なく混んできた。万事休す。酒を脱いだ一日だった。
posted by せつな at 06:27Comment(0)日記

4月29日 朝

今週号の雑誌Tarzanが腹筋特集だった。腹筋を割るにはどうしたらよいか。さまざまな角度から検証を重ねているのだけれど、やはりというか、当然というか、シックスパックを見せたければ酒をやめろとの解説が加えられていた。よく酒では太らないというひとがいる。酒はエンプティカロリーだから一緒につまむ高カロリーの揚げ物や肉類が問題なのであって、とか、酒による食欲増進作用によって、とか、一見、もっともらしい理屈だが、そもそもエンプティカロリーは栄養価が低い高カロリー を意味する言葉だ。さらに酒、アルコールの行き着く先は、糖質ゼロ、プリン体ゼロ、人工甘味料ゼロであろうが、ひとつしかない。すなわち、中性脂肪だ。アルコールはすべて中性脂肪に変わる。そして、蓄積された中性脂肪は次の段階へとステップアップする。溜まりに貯まった中性脂肪の行き先はふたつ。ひとつはたっぷりと内蔵脂肪に蓄えられ、ひとつはでっぷりと皮下脂肪へ置き換えられる。アルコールを摂取すればするほど、ウエスト周りは太くなる。よくビール腹などと揶揄されるが、ワイン腹であり、焼酎腹であり、ウイスキー腹でもあるのだ。とりわけ、皮下脂肪は一度、つくとなかなかとれないやっかいな代物だ。しばしば内蔵脂肪を普通預金、皮下脂肪を定期預金に例えられるが、これは額面通りに受け止めていい。内蔵脂肪は腹筋運動の運動効果によって比較的簡単に減らせるが、皮下脂肪は腹筋運動だけでは落ちない。 食事内容を見直し、有酸素運動を日常に取り入れ、脂肪を燃やしやすくする体内環境を整えなければならない。のだけれど、なにゆえ、こんなことを力説しているかといえば、そもそもは自分のメタボに由来する。英語でラブハンドルと呼ばれる脇腹から背中にかけての脂肪が最近、ひどいことになってきて、風呂でつまむと5センチぐらいつまめる。ラブハンドルで検索すると、多くのひとがこのにっくき脂肪に悩まされていることが窺える。背中の肉は落ちにくい。何度も聞かされてきたこの解もいまでは身に染みて深く頷くばかりだ。ラブハンドルがにくい。とれにくい。Tarzanでは50才を過ぎたtmレボリューションこと西川氏の肉体美が掲載されていた。ああいうのを見せつけられると、年齢などいいわけにできない。ただの甘えだとかんじる。腹筋に関し、q&A方式で、読者の質問に答えている。興味深い回答ばかりだったが、最も目を惹いたのはおすすめのミートにカンガルーを挙げていたことだ。ルーミート。カンガルー自体が体脂肪3パーセントとかで、そういえば、ネットで見た筋肉質なカンガルーには勝てる気がしなかった。ルーミートは輸入できるか、輸入品を購入できるかなんたらということで、機会があれば、チャレンジしてみたい、とおもったが、なにもカンガルーを食べなくても、と客観視する自分がいた。腹筋。男にとってそれは永遠のテーマだとおもう。腹の出た男にだけはなりたくない。いまのサイズのジーンズを穿けなくなったら、いさぎよく腹を切ろう。切りたくないので、今日はアブローラーをする。それにしてもすごい雨。すごい肉。止まない雨がないように取れない肉はない。お酒をやめるという発想がどこにもないところが本質なのだろう。
posted by せつな at 06:48Comment(0)日記

4月28日 朝

はじめてオンライン商談というものをやった。zoomを使ったのもはじめての経験だ。コロナ禍による推進も無論あるが、これからはこういったやり方が主体的となるに違いない。長いものに巻かれる、というのではなく、勝ち馬には乗るよ、ぐらいの気持ちでちょうどいいのかもしれない。勝ち馬といえば、最近はペイペイしか使わない。クレジットカードで支払ったのは果たしていつだったか、というぐらい記憶にないが、いい加減、レジでの現金使用は不可にしてもらいたい。列の後ろに並ぶ者には害でしかない行為。これは喫煙室を設けるより容易な施策におもえる。現金決済不可のレジと可のレジをつくればいいだけの話だ。世の中の利便性を追求していくと、実は昔とさほど価値観が変わらないことに気づく。当時の老害といまのひと。当時の進歩主義者といまのひと。そう思えるのはニューヨークの24時間という本が思考の根底にあるからだ。これを書いた千葉敦子氏というのはまさに利便性を追求するひとだった。目的とそれを達成するための手段を混同しないひと。まだ、いまほどインフラが整備されていないころ、姉にインターネットの使用を勧めたことがある。ちなみに年齢は10ほど離れている。この姉というのが定型化された典型的おばさん体質で、とにかく新しいことをやりたがらず、他者に対しても、すぐ影響を受ける、と影響力をバカにするようなひとだった。姉は当然、勧めを拒否した。断った理由が「ほかにやりたいことがいっぱいある」というもので、電話口だったが、はっきり覚えている。馬鹿につける薬はないというが、このときも無駄と悟り、あきれた。インターネットは手段でしかない。目的を達成するための近道、というか、ただのツールだ。千葉敦子氏が「ニューヨークの24時間」を出版したのは1980年代の前半であり、あれからときは流れたが、いまも色あせない教訓にあふれている。教訓そのいちは新しいこと、もの、はとにかく一度、試してみろ。この教訓は尊い。この教訓の一環かもしれないが、パソコンとテレビを買い替えたら電気代が半分に減った。教訓は毎月の支払額だって変えてしまうのだ。
posted by せつな at 07:32Comment(0)日記