3月1日 午前中

三月がはじまった。一月は行く、二月は逃げる、三月は去るの言葉通り、あ、というまに正月から今日にいたる。いまだ収束の陰りすらみえないコロナウイルスの影響がトイレットペーパーにまでおよんでいて、いったい何がどうなってこうなったらどうなるのだろう。昨日はイオンのお客様感謝デーでティッシュペーパーを買ったのだけれど、今朝になってティッシュも売り切れている。もちろん、マスクもない。消毒液もない。ここにティッシュペーパーが加わり、お次のデマはなんだろうと眺めてみると、ごみ袋らしい。おもえば一昨年の地震のとき、水をケースで買いあさっていたおばはんがいた。自転車の前後にケースを抱え、いつまで経っても出発できず、重みを支えきれず、さすが、ばばあさまと感心も得心もしたものだが、この悪しき慣習はいつになれば変わるのか。いまの若者が早く社会の主軸にのし上がらなければならないのに、当の若者は転売で儲けるといった始末で、悲しくなる。しかしながら、なぜか我が家を見渡せば、潤沢とはいえないまでもマスクも消毒液もペーパーも結構なストックがあって、これは西村賢太氏いうところの無精のおかげなのかもしれなかった。つまり「何もこの状況に陥るのを見越したうえで備蓄していたわけでもなく、根が無精にできている彼は肴代わりの柿ピーや缶詰なぞもいちいち購めに出るのが面倒との理由で喰いきれぬほどのまとめ買いをしていたのは結句正解のかたちとなっていた」という記述に基づく備蓄だったのだ。結句、正解だった。そういえば、缶詰や菓子コーナーなどという棚もあり、非常時にはたぶん役に立つはずだ。水も冷蔵庫に二リットルのペットボトルが8本ぐらいあり、ほかに二リットルのウォータージャグが常時、三本ある。あと、風呂の水も浴槽を洗ったらすぐ満たすくせがあるので、こちらも非常時には戦力となりうることだろう。こういった考え方を昨今ではローリングストックといい、常日頃からこの知識に触れ、忘れずにいたら、かような品不足を喚起することもないのにとおもったりもする。いつまで続くのか。
posted by せつな at 08:40Comment(0)日記