12月31日 午後
グランメゾン東京の最終回を観ながらお風呂に入って、ぼろぼろ泣いている。最後に東京の三ツ星シェフ本人たちが集まるシーンは圧巻だ。あ、このひと知ってる、とおもったのは料理の鉄人で観たからだとおもう。たぶん。間違っていたらいやなので名前は記さないが、あの番組はいまから考えたらガチだったんだなと久しぶりに観たくなった。番組は海を越えて、アイアンシェフと名を変え、ひとを変え、もはやレジェンドだが、レジェンドといえば、ついこのまえ、アンソニーボーディンって最近なにをしているのかなと調べたら、昨年、いなくなっていた。61歳だった。料理って、なぜ、こんなに、ここまで、ひとを魅了するのか。最初に出会う料理。母がつくってくれた離乳食。母の手料理。そうか。料理は母なのだ。食物の神、伊勢神宮の外宮に祀られているトヨウケの神に偉大なる母の姿を重ね、日本人は生きてきたのだ。原点はコメだ。米がすべてだ。そこから発展した。米はやがて豊かな酒をたたえ、舌をはぐくんだ。なんか、もう一品、できればウェットなやつで、鯖缶など開けつつ、ひとくち酒をふくんでは鯖をかじりつつ、おもえば、もうこんな年かなんてつぶやきつつ、懐かしいなあ、赤い灯青い灯、道頓堀のさざめ雪ふりすさぶなか眺める川面の月。見上げれば本物の月。通りすぎるひとたちに人生をみつめ、流れゆく雲が過去を照らす。今年はどうだっただろう。来年は知らないや。いまこそすべて。いつもそう言い聞かせて生きてきた。いまがすべて。いまを生きろ、と。「砕けた夢のかけら、そんなもんどうでもいい。今日はどこでなにをやるか、それが問題だぜ」はじめて料理をしたのはおそらくインスタントラーメン、それ以外でおぼえているのはうどんをつくった。うどん玉をお湯でゆがき、醤油だけ入れたしろもの。なぜか、唐突におもいだした。当時でもおいしくなくて、完食できなかったようにおもう。あれから、場数を踏み、いまでは鹿を解体し、コンソメをつくったり、クエをさばき、ブイヤベースに仕立てたりできる。人生は不思議だ。料理だって不思議だ。なにより自分が不思議だ。不思議を生きていこうとおもう。