7月26日 朝

天神さんが終わって、梅雨が明けた。あとはもう8月の声を聴くばかりだが、なかなかどうして7月のイベントはまだ止みそうにない。それは自分が勝手にイベントと称しているだけに過ぎないのだけど、楽しみは多ければ多いほどよいのは江戸の昔からの約束事で、7月26日。この日は幽霊の日と定められている。はじまりは鶴屋南北作の怪談に由来する。そう、江戸時代の庶民の楽しみのひとつは怪談で、それは怪異というものがいまよりも切実に力を持っていた証左でもあり、やがて医学や科学の進歩によってそういった土着的な文化が衰退の一歩をたどるまで続くのである。子どもの頃、夏休みにはいると、いまでも言葉では言い表せない不可思議な現象に遭遇する機会があった。夜ではなく白昼夢といっていいような現象。どうみても人間ではないよね。いま通ったよね。もういないよね。とか。影は差すけど誰もいないよね。とか。ただ、その手のものは屈託のない子供の好奇心のまえでは忘却のかなたに置き忘れられるのが常で、怖さを引きずることはなかった。成長すると、これも人の世の定番というか、怪異は現実のメタファーに過ぎず、目の前で繰り広げられる恐怖に目がくらむのであった。夏になると、活躍するひとがいる。そのひとりが稲川淳二氏。お化け屋敷も活況を極めるこの時期、ひとびとはなぜ怪異に魅せられるのか。ひとつは涼を求めてのものだろうか。ひとつは夏に神秘を感じるからだろうか。ひとつは盆の存在だろうか。とにかく夏の風物詩として、ひとびとは怪談に寄り添うことになるのだけど、自分にあてはめてみれば、これも古き良き昔のノスタルジーというか、たとえば、あなたの知らない世界であったり、サンテレビあたりでやっている昭和の怪談番組であったり、心霊写真検証などといったものを思い出す。最近、好きなのは関西ウォーカーの「事故物件で呑む」という清野とおる氏の連載だ。これがおもしろい。酒飲みは怪談ですら酒をからめる。清野氏のあの独特の画風は古くはうめずかずお氏、えびすよしかず氏に通ずる陰鬱にこそその本領を発揮し、むしろ本人自身もそっちに重きを置いている感がしてならず、マスクに隠された笑顔も冷たく濁っている気がしてならない。最後に稲川淳二氏の27年連続公演、怪談ナイトの日程を記しておこう。今日が府中、明日、浜松、あさって、やいず。日を空けて、大阪公演は8月22日の森ノ宮ピロティホール。怒涛の四連続公演と相成る。ピロティホールで以前、映画を観たことがあるのだけど、あのぐらいの規模がちょうどいい気がする。広すぎると伝わらないし、狭すぎるとうっとうしい。怪談の季節がやってきた。
posted by せつな at 08:08Comment(0)日記