7月6日 午前中

東京タワーオカンとボクと、時々、オトンを読んだ。偶然にも14年前の発売日と同じ日に読みはじめ、ひじょうに丁寧に読み進めたので結句、一週間ほどかかり、ゆくりなしにもこちらも自身の誕生日に読みおえた。誕生日。すなわち、母がわたしを生んでくれた日であり、某氏は自分の誕生日には母に花束を贈るといっていた。誕生日。だれもがその日を持っているように誰もが母から生まれた。例外はない。東京タワー。号泣した。泣いて、泣いて、泣きまくった。口コミやら仄聞やら宣伝文句やらでその評判は聞いていたのだけど、実際に読了すると、またすぐに読み返したくなって、読み返すと、また泣いた。リリーさんの文章力に圧倒されるとともに早く続きを読みたくて、これが中盤のオカンが東京に出てきたあたりで手術も成功して、調子のいい箇所で、自分も調子に乗って、万博公園の巨大な観覧車の下、まったりと東京タワーも楽しんだ。これがいけなかった。人目もはばからず泣いてしまった。電車で読んではいけない本と銘打つだけあって、この本は自宅以外で紐解いてはいけない。久世光彦氏が「ひらがなで書かれた聖書」とまでいってのけた理由がわかった。リリーフランキーという奇人を最初に知ったのはしゃべり場という番組だった。ちょっと調べてみたら2000年ということなので19年前のことだ。そのときのリリーさんは革ジャンにスリムジーンズで、その見た目と名前から売れないミュージシャンとおもった。いまでもなんとなく覚えているが話の内容が興味深かった。のちのち知るところによると、イラストレーターだかなんだかで、おでんくんというアニメを書いていて、そのなかにガングロたまごちゃんというキャラクターが出てきて、いま考えるとそんな時代だった。そののち、ボロボロになったひとへという短編集を読んだのだけど、これがよかった。遠藤ミチロウに影響を受けて、変化をめざした完成形がそこにあった。本書は遡ること10年ほどまえに社会現象となった。帯にもあるが、読破中は号泣必至だけれど、読み終えると、あたたかい気持ちになる。個人的にはオカンとボクと、時々、オトンがあまりに自分の育った環境に似ているので、ところどころは胸をかきむしられるような思いで読んだ。自分もふた親をがんでなくしている。後悔先に立たずというが、本当にそのとおりだと思う。親孝行できるうちが花である。西村賢太氏の著作を読んだすぐあとだったので、余計、身に染みる。きょうは誕生日。母が自分を産んでくれた日。母親を泣かすのはこの世でいちばんいけないことなのです。オカン。今日は天気がいいで、よかったねえ。
posted by せつな at 10:26Comment(0)日記