7月5日 朝

雪女は「決して語ってはならぬ」鶴の恩返しは「決して覗いてはなりませんよ」というシチュエーションが登場する。共通するのは約束だ。京極夏彦氏の妖怪シリーズを持ち出すまでもなく怪異とは現象であり、昔人は擬人化する傾向にあることを踏まえると、雪女も鶴の恩がえしも教訓めいている。令和を迎えた昨今の日本ではそれをスイッチとか地雷とかと呼ぶ。スイッチがはいった、地雷をふんでしまった、等の使い方をする。わかぎえふ氏のエッセイだったが(題名はわすれた)それはいわない約束でしょ、というエピソードがでてくる。このくだりが好きで、公の場で怒り心頭のとき、いつも戒めにしている。かいつまんでいうと、その行為にいたるには、あるいはその携帯にいたるには何か事情があると推知するものだ。で、あるから「それはいわない約束でしょ」につながる。もし、それを持ち出すなら、こちらもこのまえのあれを持ち出さざるをえないわけですが、って具合のやつ。ずいぶん昔なのだけど、散髪に行ったとき、連れがついてきていた。連れ合いはルイヴィトンのバッグを持っていた。当時、10代に見える姿だったかもしれない。カットされている間、連れは待ち合い椅子で本を読んでいたのだけど、ほかに待っていた客が執拗にからんできた。そんなバッグ買えるカネがあれば、旅行にいけるとか、なんだかんだぶつくさいっていた。要は若いやつが高級バッグを持つことに嫌悪している様子がうかがえた。髪を切られながらそのやりとりに頭にきていた。注意をしない店員、自分の価値観を押し付けるおっさん、そして、腹を立てながらやり過ごそうとしている自分。価値観の相違とはなんだろうか。考慮すべき事情とは。落語、一文笛にこんなセリフがある。「どんな身なりをしてようと、どんな事情のカネか、おまえにすべてわかってるとでもいうんかい、えらそなほげたたたくない」電車のなかでサングラスをかけているイキったやつが嫌いといった女芸人がいた。果たしてそのひとは本当にイキっていたのだろうか。目の病気かもしれない。白内障予防かもしれない。実際、そういうひとは多い。先のバッグにしろ、おばあちゃんの形見かもしれない。人生の目標がルイヴィトンのバッグだったかもしれない。誰かに買ってもらったと勝手に決めつけていたふしのあるおっさんだったが、自分の稼いだカネでバッグを買おうが、旅行にいこうが、おいしいものを食べようが他人がとやかくいう問題ではない。あのおっさんにしろ、もしかすると、たまたま虫の居所が悪かったり、酒に酔っていたり、平常とはちがうスタンスだったかもしれないが、ひとに迷惑をかける行為には察することはできても許すことができないのはこちらも血の通った人間だからだが、あのおっさんは禿げていた。ハゲだった。「でも、おっさんはげとるやないか」それはいわない約束でしょ。雪女にとっての地雷はあの日の秘密を暴露されることだった。鶴の恩返しの地雷は本当の姿をみられることだった。現代社会において、その地雷はまさに千差万別、あらゆるひとに存在する。共通するものもあるだろうが、おそらくほとんどはそのひとの持つ闇に由来するのでそのひと固有の地雷だろう。最近、その地雷が多すぎる。多すぎてほとんど言葉狩りに近い。先日はエレベーターが地雷だった。そのちょっとまえはジャイアンとほもおだほもおがLGBTを怒らせた。父親のいない子、母親のいない子、両親のいない子、チビ、ハゲ、デブ、病気、障害、思想、主義、宗教、色黒、色白、色素薄、バカ、ブス、びんぼう、かねもち、有名人の二世、三世、ハーフ、外国人、在日外国人、出自、門戸、家柄、祖先、子孫、出身地、目の色、ちんこの大きさ、おっぱいの大きさ、とか、傷つく要素を数え上げればきりがない。きりがないのでなんとなあく「それはいわない約束でしょ」が浸透すればいいのかなと考えている。普段、抑制できることでも酔っぱらっているときは別だ。地雷をふまれると、鶴はいなくなるが、激しい暴力へと変わるひともいるので要注意だ。
posted by せつな at 08:15Comment(0)日記