7月4日 朝

ささのはさらさらとジャパンエキスポとホットドッグ。誕生日がきたなあと実感する。今年は曜日の並びがよくちょうど土日にあたる。楽しみだ。さて、本日、4日から南コリに対する輸出規制がはじまる。これを以て本格的に断交交渉にはいれば両国にとってこれほど幸せなことはない。日本とコリアンは本質的において合わない。考え方がちがう。見た目がちがう。素質がちがう。記憶がちがう。教育がちがう。根本がちがう。性格がちがう。食文化がちがう。発想がちがう。歴史がちがう。地政学上ちがう。犯罪率がちがう。価値観がちがう。劣等感がちがう。優越感がちがう。想像力がちがう。創造性がちがう。すべてにおいて圧倒的にちがう。現代日本人の気質を紐解くと、その原理原則は明治にある。日本はアジアではない。ヨーロッパの一国だ。これを肝に銘じて日本人を意識すると当の日本人は生きやすくなる。アジア枠で捉えるからたかられるのだ。どの国との関係性においても、ウィンウィンでなければつまずく。これは経済活動の原則だ。願わくは地殻変動を起こしてユーラシア大陸から島々が徐々に離れていきますように。政府の対応は続いて先端材料等の輸出許可の申請が免除されている外為法の優遇制度、ホワイト国からもコリアを除外するという。こちらは今まで認めていたのがどうかしているという類の話だ。現在、安全保障上、日本が友好国と認める国が27カ国あり、平成16年に南コリも指定されたというが、どこをどう間違ったら友好国と認定できたのだろうか。敵性国家のなかでもその筆頭に値する国のひとつだ。戦後の歴史を紐解けば、信頼関係はもとよりない。では、われわれ庶民にできることはなんだろうか。負担なく、これからわれわれ庶民ができること。そのひとつは民間レベルでもできるだけ距離を置くことに尽きる。利用しない。利用させない。さしづめ反社会勢力と同様の水準を定着させることが求められる。助けない、教えない、関わらない。そして、つけあがらせないことも大切だ。増長すると、犬は飼い主をわすれる。うぬぼれ猿もしっぽを強く噛んでやると主従関係を思い出すそうだが、そういった関係ではないにしろ、コリアンとの関係性を見直すことは日本人にとって重要な課題といえるだろう。人と人同士の対応であまりに勘違いをさせ続けてきた結果が今日の日コリ関係だ。日本人になら何をやってもいい。なにをいってもいい。約束をやぶってもいい。ときには犯罪ですら容認される。こうした風潮がお互いを不幸にしてきた。きっぱりと手を切ることで当面の精神の安定性にもつながる。安全保障上の脅威はわが国の経済活動に直結する。このことをひとりひとりが明確に自覚することによって、おのずから答えは導き出される。つまり、敵性国家に用立てる税金はないということだ。ずいぶん昔、飲み屋で働いていたときの話だが、北朝鮮籍だと名乗る男性客にいわれたことがある。おまえらはわしらのために働いとるんや。唐突に思いだした。あの男性はいまどうやって生計を立てているのだろうか。千里中央の団地に暮らしていた当時28歳の在日コリアンの夫婦は今もそこに暮らしているのだろうか。当時21歳で亭主が刑務所にはいっているといった在日コリアンの女性は神戸の団地住まいだった。日本人の持つものは根こそぎ奪ってやるといっていた水商売の先輩は今は本当にどろぼうをして暮らしているのだろうか。パチンコ屋の社長というひとはカネだけはもっていると言っていたが、わしらが持ってるもんはカネだけやともいっていた。元気だろうか。大国町のマンションに暮らしていたとき、日本チームが負けた次の試合。コリアンチームの応援をしていた住民がいた。おまえはえらいやっちゃ、えらいやっちゃ、と絶叫して、その声は大国町にひびきわたっていた。元気だろうか。ぺ様ブームとかのときだった。コリアにいきたいんすよね、とカミングアウトしてきた在日コリアンもいた。元気だろうか。日本人がいちばん好きな鍋はキムチ鍋って本当だろうか。なにが嘘でなにが本当か。自分のみてきた世界。みつめている世界。そして、勇気を持つことで垣間見える世界。昨今、話題の自己責任論だが、元来、企業も自己責任ではある。つまずきを察知する能力も必須のものだろう。企業の社会的責任を強く意識するとき、撤退も視野にいれるべきであり、リスクヘッジに愚鈍な経営者の群像が平成の出遅れた日本に反映したことは事実だ。かつてを夢みるだけではいけない。目指すべきは高みであり、気づくべきは戒めだ。ようやく世の中が変わろうとしている。
posted by せつな at 07:21Comment(0)日記