12月24日 深夜

最近、出かける際、トニーラマばかり履いている。わかるひとはわかるので説明しないが、ひと目でロックンロールでパンクなやつと合点がいくような格好を好んでほっつき歩いている。クリスマスはジョージコックスのラバーを履く。正月はドクターマーチンかもしれない。これでゼッツーかイナズマがあれば申し分ないが、ないのでブーツと革ジャンで闊歩する。まるでスタークラブのハイパーロックを地でいくような毎日だ。ビックコミックスで連載中の「そのたくさんが愛のなか」は「サラリーマン拝」が終わって茫然自失としていた自分にとって最高の朗報だった。吉田聡という稀代の漫画家が放つ舌鋒は往年のファンの胸を鋭く打って重厚な余韻を残す。「見たことと聞いたことだけで残りの人生を過ごせばいいさ」主人公、すわのひとことは日々の安寧に眠っていた同級生の心を突き動かす。56才になった大人たちの奮闘する姿はドラマ3匹のおっさんをじゃっかん彷彿とさせるが正直、向こうをはるかに凌ぐ緻密さだ。すわのSR400が自分にとってのトニーラマとすると、青春がまたはじまったような気がしないでもない。ちなみに物語にはあの権田二毛作がグレートGと名乗り登場する。権田はあいかわらず権田で権田以外の何者でもない。登場人物たちが浴びせる言葉の洪水のなかで読者は最初、とまどう。ひとことひとことが常に胸に響くからだ。すわの叫びは軽いようでいてひたすら重い。長い年月の間に失ってしまった心の機微、置き忘れていつしか見向きもしなくなったいつかの残影、夢見た未来とは違う未来を生きている実感、もちろん、物理的にそこには髪の毛や体力の喪失感も含まれる。そうした現実に翻弄されつつもオヤジたちはまた新たな生き方を模索する。そう、すわの出戻りによってかつての仲間たちにも少しずつ日常に色が添えられていく。それはセブンティーズを全力で駆け抜けた筆者の魂の揺さぶりにも通ずる。これを傑作と称さずして何が傑作か。
posted by せつな at 05:00Comment(0)日記