12月16日 朝

最近、ジョギングをしていると鳥が逃げなくなったなと感じる。当地に引っ越してきてから、以前よりそれは感じていて、鳥や猫が逃げない街は治安がよくいい街だと聞かされ合点がいったものだが、それにしても逃げない。いっそう拍車がかかった気さえする。カラスなどはちょっと横目でみてちょっと道を空けるといった具合で、名前はわからないけれど、この季節によくみかける小形のシジュウカラのような(シジュウカラかもしれない)鳥などはめんどうなのか飛ばない。歩いて逃げる。されど、小さいので遅くて連続回避本能のごとくこちらがあたふたしてしまう――飛ばずに逃げる姿がかわいいので癒される。逆にあまりに素早く逃げる猫をたまにみかけるが、あれはあれで少し傷つく。とまれ、こうした野生との共存というか、出会いは、郊外とはいえ市街地なので、出没する野生動物も知れていてまったく問題ない。(アライグマ出たけど)問題なのは全国各地で野生動物が増え、昨今、農作物を食い荒らす被害が広がっているという実状。特に増えているのはシカ、いのしし、さる、クマ。長野県などはシカが急増していて、ここ30年で3倍以上、今では10万頭以上が生息するといわれている。シカの事例では、いくつか原因はあるのだけど、おもしろいのは道路に撒く凍結防止剤がシカのサプリメントとなり種の増加に寄与しているという点。なかに含まれる塩化ナトリウムをなめることによって山中で不足しがちなミネラルを補うことができる。その結果、病気にかかりにくくなり以前より健康になった。まさに人間も動物も考えることは同じというか、主食のほかに栄養補助食品を用い、体調に留意し、健康管理に努めるのが生物の本来の姿なのかもしれない。ただ、共存という観点から、この場合、人間側に被害が出ているので対等とはいえない。よって人間側の要求として当然、駆除という方策が試されることとなる。しかるに、妥協点が生まれるまでは、こうしたやり取りが繰り返される。そこで視点を動物側に移してみると、何も増えているのはシカだけではない、人間だって爆発的に増殖しているではないかという反論も止むを得ない。20世紀初頭には15億人しかいなかった人口が1960年で30億人、2000年にはたった40年で60億と倍化し、現在は75億人に達している。予測によると、2050年代には100億人を突破するともいわれている。先ごろの月面有人探査計画の最終目標は2100年の火星移住にあり、啓発は遠からず時勢の流れとして変革のときを求められている。果たして、共存とは何か。動植物だけではない。さきほど、正義の見方を視聴したのだけれど、改めて南コリアとの共存は無理と感じた。共存という概念自体が愚かしい。あの国に必要なのは自助の精神だ。日本に迷惑をかけず勝手に生存競争に明け暮れていればいいものを知らぬ間に撒いた凍結防止剤がサプリメントとして用いられているのが現状だ。今世紀を繙くキーワードのひとつは間違いなく共存だろう。第二次世界大戦を終え、あまりの惨禍に人類は別の道を模索した。だが、人口が75億人を突破した今、人々は考えた。このままでは自分がもたない。分断の時代、と叫ばれるまで時間はさほどかからなかった。日本に目を向けてみれば、こちらも似たような状況だ。凍結防止剤は誰かのサプリメントとしていたるところで活用されている。シカに対話は通用しない。増えすぎれば駆除される。共存とは何か。もう一度、よく考えてみよう。
posted by せつな at 08:24Comment(0)日記