12月15日 朝

世に生を得るは事を為すにあり。これは坂本龍馬の言葉だが、脱藩して無所属になった龍馬にだからこそ見えていた国という最後のよりどころ。このままでは日本が滅びてしまうという危機感に裏打ちされた国家観。龍馬にとって愛国主義とは、つまりは現実主義であり、土佐っ子愛と同義ともいえた。国を捨てておいて郷土愛も何もないだろうという意見もあるが、龍馬の美学は内よりは外にあって、いつも黒潮から世界へ通ずる太平洋の大海原を見据えていた。自己矛盾とは他者の視点によって移り変わるだけで当人にとっては何の矛盾も生じない。その証左として、龍馬は最後まで土佐の仲間と行動を共にし、志なかばに朽ち果てるそのときも盟友中岡と酒を酌み交わしていた。幕末の英雄の多くは草莽の志士という勇ましい武勲で知られるが無論、龍馬もそのなかのひとりに数えられる。志士たちを突き動かした思想的背景には吉田松陰の草莽崛起が介在し、すなわち、草の根の活動を以て新国家を樹立するという精神論に支えられた。現政権の打倒と西洋列強から日本を守るという相対するふたつの攻防には現実主義しか選択肢はなかった。何かをやり遂げるためにはビジョン、目標、目的の三つが必要という。目標が明確であっても目的が曖昧であれば、ひとは思うように動くことはできない。志なかばで斃れたとはいえ龍馬の一生は幸せだったとおもう。坂本龍馬を称して理想主義者と呼ぶ連中もいるが、大間違いもいいところだ。龍馬はたぐいまれなるリアリストだった。すべては実践にあり、実践を繰り返しては修正を加える。自ら金を稼ぎ、計画を練って、臨機応変の変更もいとわない。図太い背骨さえ通っていれば、多少の傾きなど影響しないものだ。心の奥底には常に思い描く国家観があった。世に生を得るは事を為すにあり。これは明治の偉大なる軍人、秋山好古の一事を成せば足るに通ずる現代人の戒めでもある。この世に生を受けたからには男子一生を賭けて一事を成す。愛国主義とは現実主義と推して知るべし。
posted by せつな at 06:00Comment(0)日記