12月1日 朝

士別れて三日なれば、即ち当にかつ目して相待つべしという三国志の英雄の戒めがある。日本では、男子三日会わざればかつ目して見よ、で親しまれている。一応、成り立ちを説明しておくと、三国志の時代、呉の国に呂蒙という武将がいた。武勲に優れ、国王孫権からの信頼も篤かったが、若くして武将となり戦場を駆け回っていたため本を読む暇がなく教養に欠けていた。あるとき、孫権から「書を読み、物事を深く考えるようにしなさい」と学問をすることを勧められる。それからしばらくして友人の魯粛が彼のもとを訪れる。以前とは違い、態度も落ち着き、議論をしてもなかなかに手ごわく見違えていた。魯粛はいった。「最初は君を武略に優れただけの人物と思っていたが、今は学問があり、呉に住んでいたころの君ではないな」ちなみにこれは呉下の阿蒙と称し、軽蔑するときに使われる慣用句。「まるで別人のようだ」これに対し、呂蒙はこう切り返した。「士たる者は三日も経てば、よく目をこすって注意して見ていただかなければなりません」士別れて三日なれば即ち当にかつ目して相待つべしの誕生の瞬間だ。変わろうとする意志さえあれば、ひとは変われる。多くの言い訳はしょせん言い訳でしかない。たまに逢う友人など、あれ、こいつこんなに声が大きかったっけ、とか、話がかみ合わなくなったな、と思うことがある。それは他者の成長であり、自身の成長もまたしかりだ。呂蒙の教訓はふたつのことを示唆している。現状に甘んじる生き方と変化を恐れず自らを向上させる生き方だ。多くの変化は突然、訪れるのはでない。たゆまぬ努力と挑戦の繰り返しによって変わっていく。当然、変化の波はその態度のいかんによっては、プラスに働くこともあれば、マイナスに作用することもある。原因はある。何かの雑誌で野球の星野氏が、いかなる怪我にも突き詰めていくと何がしかの因子が存在するといっていたが、これはハインリッヒの法則として一般にも広く知られている考え方だ。ひとつの重大事故にはいくつもの要因があり、いくつもの要因には軽微な見逃しが潜在している。一昨日、はるまふじの引退会見をみて自業自得とはいえ、やりきれない気がした。帰化申請の準備中だったと伝え聞いたが、引退時点で日本国籍を有していない者は相撲協会に残ることができない。本人はいずれ自分で部屋を持ち、親方として相撲に係わっていきたいという夢を持っていた。16歳の来日以来、17年間の相撲人生で得た結果がこれではまさにやるせないとしかいえない。この変化をどう受け止めるかで人生は微笑んだり嘆いたりする。もちろん、ひとごとではない。すべての人間が変化を繰り返しやがて終わりを迎える。泣いて生まれ、笑ってこの世を去る。笑って迎えられ、泣いて見送られる。いい人生だったなあ、で目を閉じる。変化に対応する者だけが生き残る。古い教訓が胸に迫る。
posted by せつな at 08:21Comment(0)日記