12月22日 早朝

11月の全国百貨店売上高が発表された。店舗数調整後で前年比2、2パーセント増のプラスとなり、衣料品などの商況の改善が具現化しつつある。逆に同日発表されたスーパー売上高は前年同月比0、6パーセント減と4ヶ月連続で前年実績を下回った。原因は明らかで全体の7割に及ぶ食料品の落ち込みが足を引っ張った形だ。とにかく葉物野菜が高い。毎日、スーパーに行っていて、365日行かない日はないといっていいが、最近は馬鹿馬鹿しくてスーパーで葉野菜を買う気になれない。そういうときは産直市場や八百屋を利用するに限る。葉物は変わらず高いが。農産品の不作を補うようにいっぽうで畜産品は2、3パーセント増と数字を伸ばした。百貨店売上高を牽引しているのはおもに富裕層と訪日外国人で、中間層の存在感は薄い。免税店と美術、宝飾品の購入増が好調を支えた。庶民にとっての関心事は日常の暮らしにある。衣料品をユニクロ、しまむらでまかなう層にとって、はっきりいって興味があるのは野菜の高騰がいつ収束するかだけだ。1円でも安くいいものを買おうと広告の品に列をなす圧巻の光景を総務省の連中は肌でしらない。オープニングセールのレジ待ちの行列を彼らはしらない。同じ日、米国発でこんな論文が発表された。「日々の食事に葉物野菜を取り入れることで加齢による記憶力低下を抑制し脳を若々しく保てる」詳細は割愛するが野菜を多く摂取するか否かで老化にも差が出るという。野菜を安く安定供給するにはやはりtppが欠かせない。農水省に届くのが農家の悲鳴ばかりではそれこそ本末転倒というものだろう。とはいえ、本日の日経に載っていたが、tpp発効で最大1500億円の減収と聞かされればこちらも悲劇的だ。きょうにも閣議決定されるが2018年度の一般会計総額97、7兆円とこちらも過去最大。反撃の狼煙はいつ上がるのか。
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12月21日 朝

人間は哀しい。といって人間をやめるわけにはいかない。今週分のフルーツ宅配便が哀しくて哀しくて。「お酒のおかげてずいぶん救われてる気がする」「みんなそうですよ」何気ない会話がぐっと胸にせまる。お酒もそうだけど、芸術の多くはひとを慰めるためにある。それは年を取ればもっと如実に顕れる気がする。教養があればひとは芸術に救いを求め、教養がなければ宗教に向かう。思えば、芸術、特に歌に救われてきた気がする。先の作品を読んでいる最中、ふっとブルーハーツの歌詞が浮かんだ。「ほんとの瞬間はいつも死ぬほどこわいものだから、逃げ出したくなったことは今まで何度でもあった」これに続くアンサーは自分のなかでいつも決まってクレイジーケンバンドだ。「やればできるよ、できるよやれば、やるしかないのだから、やらなきゃダメですよ」びくびくしながら、どきどきしながら、それでもなんとか立ち向かう。日々はそれの繰り返しだ。結果、いつのまにか怖いものがほとんどなくなった。もちろん、緊張はある。不安もある。ネガティブに落ち込む日だってなくはない。それでも歩むことをやめない。否が応でも立ち止まる日がくるのだからその日までは前進を続ける。そう思えるのもきっと歌の力のおかげだと思う。昨日はえいちゃんのイッツアップトゥユーをひさしぶりに聴いた。タイセー作詞の名曲。昨年か一昨年の紅白で歌った曲だ。「ほんとはもう気づいているんだろう?時代のせいばかりじゃないことを、ほんとはもうわかっているんだろう?あんがい限界が高いことを」歌詞のなかにギラギラというキーワードが登場するので、ついでにゲンドウミサイルのギラつかせてろの一節も。「砕けた夢のかけら、そんなもんどうでもいい、今日はどこで何をやるか、それが問題だぜ」歌に続き、映画にも影響を受けた。ゴッドファーザーなどは生きる指針といっていい。「沈黙は自信だ。不安が話をさせる」「友達は近くに置いて、敵は懐に入れておけ」麻雀放浪紀のセリフのやり取りは日本映画史上ベストスリーに入る。「あたし、博打やめさせる」「できるかどうか賭けるか?」もっとも多くの生き方を学んだのは小説かもしれない。グレートギャツビー、愛と名誉のために、初秋、勝手に生きろ、等々。ブコウスキーにはとりわけ指導を受けた。「必要なのは希望だ。希望がないことくらい、やる気をそぐことはない」「空腹がおれの芸術を高めることはなかった、かえって邪魔になっただけだ、人間の魂の根本は胃にある」ブコウスキーを読んでいると、些細というか、瑣末というか、取るに足らない学識ばった悲観がいつのまにか消えている。「いい酒だ」「ああ、いい酒だ」「お日様が昇ってる」「ああ、ちゃんと昇ってる」「それじゃ」彼はいった。「おれは行くよ」「じゃあな」こんな感じ。こんな感じで再び歩き出せばいい。最後にニッキー&ウォーリアーズのSOSを。「人生なんてものは、そんなもの、気楽にやれよ、笑うのさ」ジョギングに行ってきます。
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12月20日 朝

日経の一面にトヨタが2025年を目処に全車電動モデル化するとあった。時代はこうして変わっていく。同じく経済面にネクスト1000(売上高100億以下の上場企業)の売り上げ成長率ベスト10が載っていた。こちらも時代を反映していて、さまざまなキーワードが読み取れる。1位はスマホアプリ開発のイグニス。直近5年間の成長率はなんと94パーセントを達成し、競合大手のミクシー73パーセントを大きく上回る。記事の見出しにはスマホ、人口減を先取り、とあるが、紐解いてみると、ほとんどすべての企業にIOTが関連していることに気づく。大まかに識別すると、情報関連、医療介護関連、人材活用、改善関連といったところだろうか。一応、表も追記しておくと、1位イグニス(スマホアプリ)2位リミックスポイント(省エネ関連)3位ペプチドリーム(医薬品)4位JESCOホールディングス(電気設備工事)5位じげん(情報サイト)6位アラサイドアーキテクツ(SNS活用)7位itbook(システム)8位M&Aキャピタルパートナーズ(M&A仲介)9位Nフィールド(訪問介護)10位オークファン(情報サイト)売上高は単純に需要を把握する指標としてもっともわかりやすい。今、世の中で何が必要とされているか、勢いがあるのはどのような事業か。ひと昔まえはニッチだ、隙間産業だ、虚業だ、といわれた仕事が今後の日本経済のけん引役を担う。今後、5年間にはまた異なる稼ぎ頭が登場する。これは率直にいい傾向だと思う。先の神戸製鋼や一昨日の大手ゼネコンによる談合の発覚など、ここ最近、日本企業の経年劣化や金属疲労ばかりひっきりなしに聴こえてくる。日本経済、ひいては今の日本社会には新陳代謝が必要だ。それも大胆で斬新な生まれ変わりというか。先日、千里中央に行ったが、1970年の万博から時を経ずにできたセルシーには哀愁があふれていた。当の万博公園はすっかり生まれ変わったが、セルシー広場などは40年を超える時を刻んだまま今もおぼろげに佇んでいるようだった。思い出は思い出として新たな一歩を刻もう。それは人も企業も同じ。ダウ平均100年の歴史のなかで今も生き残っているのはGEだけだ。名将ジャックウェルチによって何度も復活を遂げ弱肉強食のビジネス界をわたってきたGE。そのGEもそろそろ除外されるかもしれない。これをひとは潮時と呼ぶ。最後に変化が主題ともいえる、ある映画を紹介してジョギングにでかける。この時期になると観たくなる映画のひとつ。ユーガットメイル。あの映画は変化の意義と変化に呑み込まれようとする街角の本屋との葛藤がエンディングを盛り上げる伏線になっている。結局、主人公キャスリンケリーは変化、あるいは時代の波を受け入れ、新たな自分を模索する。それはいっぽうのジョーフォックスも実は同じで自分自身の内部に変化の訪れを感じ始めている。クライマックスは最高だ。シェイクスピアの引用でふたりは結ばれる。一緒にいようよ。死がふたりを別つまで。このひとことが文学少女とビジネスマンのコントラストをことさら引き立てる。新しいものが芽吹けば、古いものは枯れていく。人類はこの繰り返しで成長してきた。哀しくもあり、寂しくもあっても、このセオリーだけは誰にも変えられない。不変というものがもしあれば、それはこういうことなのだろう。変化こそが不変。それでいい。
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