10月20日 早朝

多忙な一日になりそうなので3時に起きた。用事をこなしながらおそ松さんのseason2をまとめて観た。おそ松さんはやはり夜中、観るにかぎる。自由を感じる。愛を感じる。世の中、どうでもいいという気になれる。字幕つき動画であれば、ついでに英語の勉強もできる。本田けいすけ氏がオランダの英語教育について言及していた。それによるとオランダのテレビ放送では英語の字幕がつくことが一般的という。授業だけでなく、日常に英語が溢れている。日本もそういう環境にあれば英語を身近に感じるはず、と。そういう意味でアニメは最適だ。もっといえばおそ松さんは最適だ。繰り返すことで学習効果は高まる。英語学習と同様、世の中では学習という二文字がついてまわる。あらゆる場面で。経験に頼る思い込みは、それはそれで弊害もあるが、たいていは役に立つ。名作「初秋」のなかでポールが訊ねる。どうして合ってるって思えるの?スペンサーは答える。「たいてい合ってるんだ。今までも合ってた。合わない道理はないだろう?」こんな感じのニュアンスだ。料理にしてもそう。なんで作れるの?「数え切れないくらい食事をしてるし、そのうち何度かはレストランで食べたこともある。基本をおぼえれば簡単だ」学習は国内外の事情についても当てはまる。繰り返し繰り返し似たようなニュースに接すると、そのようなイメージを持ってしまう。はたしてそれは真実なのか。是々非々の観点からイメージの真相を探る。よくも悪くもひとつの答えにたどり着く。信用を築くのは大変だが、失うのは一瞬という格言などはしっくりくる。これをマイナスの信用に置き換えてみると、築くのは一瞬だが、崩すのは相当やっかいであることに思い至る。日本の周辺国家へ対する提言は吉田松陰しかり福翁しかり西郷南州しかり偉人の手によって緻密に記されている。おしなべて今を生きる平成の世の日本人が自覚すべきはその長年に渡るDNAに刻まれた学習効果であり、昔からいわれてきて今も残る風習を軽んずべからずということだ。急に寒くなった。学習とは死活と表裏一体の産物だ。寒くなれば暖かい服装をする。温かい食事を心がける。心が冷えてしまわないように。

10月19日 午前中

ユネスコの暴走が止まらない。支那の申請が記憶遺産に登録されるという2015年の珍事に続き、今度は例の南コリ関連のファンタジーが取りざたされている。驚くのは南コリの提出した資料がほとんどでたらめだという点だ。申請資料には自称被害者が描いた絵画も含まれているというお粗末さで、しかも描いたのは1990年代だという。南コリ側の資料654点のうち、269点がこうした絵画などの作品だが、中には押し花19点も何のためかわからないけれど含まれている。全2744点の資料提出のうち、興味深いのは日本の資料が923点と最も多く、この着目点においても確かにある種の思想団体と癒着しているようにみえる。クマラスワミ報告の元々の虚報は朝日新聞に端を発する。国連で性奴隷なる珍名を広めたのも自称人権派の日本人であり、南コリから自称被害者を引っ張ってきたのも当時まだ一介の人権派弁護士であった福島みずほ氏だ。いつもいうが、こうしたやり方は人権派の常套手段といっていい。火のないところに煙を立て、同属メディアを引きずり込み外圧に変える手法だ。未開の村社会である南コリの提出資料など一瞥する価値もないが、これに呼応する勢力というのがくだんの福島氏をはじめとする反日人権派グループで、こいつらが騒ぎ出すことで無色透明が赤く染まり問題化し膠着化させてきた歴史的経緯がある。結論からいうと、ユネスコからの脱退よりほかに日本の進む道はない。分担拠出金22パーセントの米国が先日、脱退した。2位の日本が約10パーセント。支那の影響力拡大を恐れて今まではアフリカでもアジアでも無策の配慮がなされてきた。そのような配慮はもう終わりだ。支那の影響力拡大に抗うのではなく、日本は独自路線を突き進めばいい。国際機関とは名ばかりで多くは日本人のメンタリティを持たない未開のゾウリムシに過ぎない。ゾウリムシを悪用し、世論誘導に一役を買ったのが日本のマスゴミだ。90年代の悪夢は終わった。2020年代に活躍するのは日本の日本人による日本人のための少数精鋭機関だ。支那に関わるな。南コリは無視しろ。別にニューヨークに本部を置く必要はない。沖縄あたりに設立すれば済む。名称は世界真相機関(WTO)などどうだろう。
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10月18日 午前中

昨日、火曜市だったので京阪百貨店に出かけた。「レジ混んでるわ。火曜市は安いから」とレジで知らないおばあちゃんに話しかけられた。さておき。今月5日にステーキ食堂BEKOがオープンした。オープニングイベント第二弾は御膳半額券進呈。本日18日まで。どうしよう。迷っている。悩んでいる。第三弾はステーキ肉50グラムアップなので魅力は薄れる。肉を喰らうなら今日だ。ちなみに第三弾は19日から25日まで。今日だ。今日しかない。されど、お肉をいただきたいかというと、そうでもない。どちらかというと箱寿司の型を買ったので、箱寿司をつくりたい気分だ。逡巡、躊躇、未断、狼狽、遅疑、困惑。人生は決断の連続だ。もちろん、こうした昼食の決断に要する慎重さと、政権選択選挙では比べることが無稽だということはわかっている。しかし、すべての決断とは本来こうあるべきだとも思う。軽佻すぎるのだ。普段からありとあらゆる選択肢をありとあらゆる角度から眺めたり覗いたり嗅いだり毟ったりしていると、いざという選択、人生の進路に関する決断にも冷静に対応できるというものだ。選挙になったとたん、人となりを窺ったところで、それは選挙用のスマイルであったりすることが往々にして正解で、知ったつもりの知名度も実際はひとときの気迷いであり、まやかしに過ぎないこともある。安倍首相の目指す戦後レジームからの脱却は、手元に良著「美しい国」があるが、かれこれ20年近く前から見知ってきたつもりだ。当時はチャンネル桜も今より訴求力があって、ブログやBBSも活気があった。その活力は今では無害と暴論によってSNSを騒がせている。人生とは、決断を下し、一歩を踏み出す行為の連続で成り立っている。たまに間違っていてもとりあえず進んでいく。戻ることもできるし、やり直すこともできる。だが、踏み出した一歩はどういった形であれ、世界のどこかに足跡を残す。食事回数は男子の平均寿命に鑑みて約9万食弱らしい。女子ならもう少し増えるが、それでも10万食には届かない。一食もおろそかにしてはいけない。20歳になって最初の一票は兵庫一区の社会党議員に投じた。まんまと騙された。それから一票を投じ損なったのは大阪府知事選の横山ノック氏が300万票を得票したそのときだけだ。それ以外、欠することなく、清き一票を投じてきた。もちろん、今回も欠席することはない。とかしきなおみ氏に一票を投じる。決断は訓練のたまものだ。何も動ずることなくジョギングのついでに立ち寄る。すべては訓練の成果だ。22日が待ち遠しい。昼食も。
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10月17日 昼前

明日から全人代がはじまる。来月はじめにはトランプ大統領が来日する。そのハザマで衆院選がある。与党の圧勝を前提に対応は進むのだろう。世界のリーダーを幅広く眺めてみると、リーダーになるべくしてなったひと、一見、リーダーにふさわしくみえないが、リーダー足り得る人、リーダーになってはいけないひと、と、それぞれタイプ別に分類できる。トランプ大統領と安倍首相はまさにリーダーになるべくしてなった稀有な宰相といえる。特にトランプ大統領ほど自己実現を具現化したリーダーは世界広しといえど二人といない。倒れないことが尊いのではない。倒れても立ち上がることが尊いのだ。という至言を思い出す。そういえば、先日、某クイズ番組で夫婦の年の差が大きいのはどっちの宰相という出題で米国トランプ氏、仏国マクロン氏、ふたりの宰相が取り上げられていた。答えはマクロン大統領で年の差は24歳。ちなみにトランプ大統領は23歳。たしかマクロン氏は40歳ぐらいだったとおもうから奥方の年齢は16歳?と首をひねったのち、24歳年上という答えに思い至った。64歳。リーダーたるゆえんか。プーチン大統領、メルケル首相、名だたるリーダーが跋扈するなか、北の将軍が不適な笑いを浮かべている。明日からの全人代で何かをやらかすに違いない。ちなみに彼はタイプ別で三番目に属するリーダーだ。ダボス会議に目を向けてみると、世界を牛耳るビジネス界の巨星が光り輝く。皆、自信にあふれている。このなかには属していないが、もっとも精力にあふれているリーダーといえば、そう、バージンのリチャードブランソンだ。氏がイーロンマスクのハイパーループに関与すると一昨日の日経に載っていた。当初は計画を眉唾の目で見ていたが、リチャードブランソンという稀代の夢想家が一枚かむのであれば、期待せずにはいられない。世界のリーダーの誰をおいてもリチャードブランソンほど冒険魂を感じたことはない。リーダーのリーダーたるゆえんをまさにリチャードブランソンは身を以て体言している。昨日、本屋を歩いていると、パウロコエーリョのアルケミストをみつけた。その横にはグレートギャツビーが置かれていた。村上訳の新装丁のノベルズだった。アルケミストはたったひとつの真理を描いた傑作だ。かつて、TSエリオットはいった。「ひとは冒険をやめてはならない。長い冒険の果てに出発点に戻るのだから。そして、はじめて居場所を知るのだ」これをノベライズ化したのがアルケミストだ。アルケミストはリーダーの別名でもある。
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10月16日 朝

昨晩、某スーパーで買い物中に何気なく雑誌コーナーに立ち寄った。料理本を何冊かひもといた。そのうちの一冊、オレンジページだった。うみねこざわめろん氏の著作を紹介するページで「日本○○のひとたちにきっと共感をおぼえていただけます」という説明文があり、肝をつぶした。怒りで目の前がゆがんだ。ワインを何杯か吞んでいたこともあって、瞬間的にそのオレンジページをびりびりに引き裂こうとおもったが、理性が上回って事なきを得た。無事、その夜の続きを楽しく過ごすことができた。婦人誌の低劣さと短絡さは今にはじまったわけではないが、相変わらずの品質を改めて認識した。常識というものはひとそれぞれにおいて違う。育ってきた環境や現在の暮らし向きでも異なる。相対的な違いはあれど、ひとはその常識の範囲で社会生活を送っている。それが可能なのはひとえにその常識が万人の常識の範疇に何となく治まっているようにみえてタガが外れていないからだ。日本○○という呪詛がためらいもなく世の中を跋扈するならば、もはや法の枠を超えた常識も個性として悪意なく多用する時代となるのだろう。ひとはそれを犯罪と呼ぶ。容赦なく言葉狩りを行ういっぽうで、容赦ない言葉の放任が広がる。リベラルという悪夢を実感せざるを得ない。10月も今日で中日を過ぎたことになる。ひと雨ごとに寒くなるというが、今朝の雨は冬の気配だ。あと一週間で雌雄は決せられる。リベラルを撲滅すべき時がきた。ところで、土曜日の夕方、大阪空港にいたのだけれど、翌日、首相動静をみると、なんと6時2分に伊丹空港とあった。超ニアミスだ。残念至極だが、いずれ拝見できる機会もあるだろう。しかし、何という多忙さだろうか。7時25分羽田着。私邸に8時。予定終了かと思ったらそれからインタビュー。倒れなければいいが。いっぽう、自分はその夜、遊びすぎて気絶した。
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10月15日 午前中

22年ぶり3度目となるクラブワーストタイのホーム5連敗。最下位のアルビレックスに1対0のまさかの完封。我が闘将ガンバ大阪はどこへ行ってしまったのだろうか。いずこへ。今期、残り5試合。ホームは29日の仙台と来月26日の札幌で幕を下ろす。なぜパトリックを追い出して南コリ選手を取ったのか。いつのまにかコリアにルーツを持つ選手が増えた。ガンバのホーム応援席といえば旭日旗が乱舞する光景が日常だが、昨日は少なかった気がする。これも配慮のなせる技なのか。されど、優秀な選手なら大歓迎には違いない。長谷川監督の解任はすでに決定したが、来期の構想はいまだ判明していない。30後半を迎える遠藤選手の扱いはどう変わるのか。副キャプテンをまかされ、代表でも定着しつつある倉田の処遇は。海外挑戦が決まっている井手口の穴埋めは。藤春の復活はあるのか。いつまでセンターバックを今野に託すのか。U23を率いる宮本氏のJ1監督就任はあるのか。課題と期待がごちゃまぜになっている感の今のガンバだ。開幕当初は前期の勢いそのままに首位に立つこともあった。大阪ダービーでは首位決戦も夢ではなかった。ガンバ、セレッソ、ヴィッセルと関西勢が軒並み上位に布陣し、サンガまだJ2?などと高みの見物を決めこんでいればよかった。あれから数ヶ月。あれよ、あれよと順位を落とし、試合開始前、神戸に鼻差の9位。おそらく今結果を受けて、FC東京に抜かれ11位まで落とすと思われる。何が悪いのか。得失点10は4位のマリノスとほぼ変わらないところをみると、要はせり負ける試合が多すぎるということだ。前回のルヴァンカップのセレッソ戦では残り30秒、悪夢の決勝点献上。今回の新潟にも1対0というくやしい結果で負けている。朝日新聞、吹田スタジアム版が手元に置かれている。表紙は藤春選手。「夢はまだあきらめていない。恩師のためにも、走る」とつづられている。特集ページでは新潟戦を前に思いのたけを語っている。一部、抜粋する。「僕は来年も健太さんと一緒にやりたかった。健太さん就任前は代表選手ってヤットさんくらいしかいなかったのに、健太さんのおかげでたくさんの人が代表にも入れた。チーム全員が感謝していると思うし、結果で恩返しをしないといけない」がけっぷちで負けるとJ2降格がほぼ確定する新潟の底力に屈してしまった形だが、まだseasonは終わらない。この5年間、ガンバにとってはまさにJ1発足以来、第二創業期といっていいほど苦難と至福の交差する歳月だった。J2からはじまり、はじめて聞くようなチームとの闘いを続けた。JI復帰後に最高優勝も成し遂げた。吹田スタジアムという市民からの寄付金による専用スタジアムも完成した。かつて、陸上トラックのなかに描かれたフィールドで選手は戦った。寒風、吹きすさび、雨が降ればずぶ濡れになる観客席でサポもまた戦った。遠藤、今野、宇佐美を輩出し、倉田、井手口、東口といった若き才能が現在、日本代表で活躍する。長谷川体制の5年の月日はガンバサポにとっての風雲録としてひとりひとりの胸に深く刻まれるに違いない。残り5試合。フォルツァガンバ。ぶちかませ、いてこませ、青と黒の男やろ。
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10月14日 早朝

かつてジョンレノンは言った。「人生はぼくたちが他の計画を練っている間にすぎていく」言い得て妙だ。今、この瞬間に焦点を当てなければ、すべては夢のままにやがて老い朽ち消えていく。ならば選択肢はたったひとつしかないはずだが、人間の内部の暗い深淵に巣食う悪魔がさまざまな言い訳をささやく。ナポレオンヒルが解析した54の有名な言い訳などはいい例だ。そんなものに振り回されていたら、ジョンいわく「人生は過ぎていく」だけの産物と成り下がってしまう。歩きながらの民主主義とはまさに今を生きることにほかならない。あいかわらず安倍首相の選挙応援や演説を邪魔しようと各地から続々と左派連中が集っている。あからさまな選挙妨害は今を否定する行為にしか映らない。新潟では演説中に抗議を始め、自らの主張をおたけぶ女性がいた。即座に聴衆のひとりから選挙妨害はやめろと一蹴された。それに呼応するように周りからも加勢の声が挙がり、拍手が起きたという。観衆は一般人の野次を聞きにきたわけではない。候補者の政策を聞きにきたのだ。直接、首相の演説を聴ける貴重な機会を台無しにされたのではたまったものではない。世の中は着実に進んでいる。一度も止まることなく。リーマンショックが訪れようと、震災が起ころうと、たえずその瞬間に根ざして日本人の多くは生きてきた。自分もそのひとりだ。今を刻むその一歩は今を刻むその一歩と同時代性を分かち合っている。今を生きていない人間がいかに多いことか。過去と未来。そんな幻影が通用する時代は終わった。ところで、また南コリ五輪の世界地図から日本列島が消えているという。あきらかに意図的だ。内心、ほくそ笑んでいるのだろう。虚構の過去とお花畑の未来を生きる朝鮮半島らしいといえば、らしいが、選挙妨害の連中と共通するのはその粘着気質だろうか。また、こうしたねちねちした嫌がらせを多用し悦に入るところも似ている。人生において関わってはいけないひとがいるとして、大部分はこのようなひとたちだ。
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10月13日 午前中

喉の痛みが引かない。痛いのに酒を吞んでいるからだと思う。それにしても世知辛い世の中というか、嫌なニュースばかり目につく。そういったニュースに触れなければいいとおもうが、触れてしまうのだからしょうがない。いっぽうで良いニュース、心温まるニュースというものも数は少ないがあって、それで溜飲を下げている。ここまで書いてみて、やはり違和感がある。実は右の中指の爪が割れて二枚爪になった。中指でキーボードを叩くと痛いので、ギターのフィンガーピックをつけて対応している。たかだか爪だが、これで意外に不便だ。つくづく無駄なものはないなと感じる。五体満足とは鼻毛一本に至るまで完成されているのかもしれない。男性のちくびもいつか役に立つ日がくるのだろうか。米国がユネスコを脱退するという。これにならって日本も早期に脱退すべきだ。現在のユネスコに普遍的価値はなく、あるのは強欲と傲慢と偏向だけだ。日本も米国の資金凍結を見習って追随すればいい。いずれ支那の下部組織として再出発すれば済む。多様性という金科玉条にすっかり疲弊した今の世界だ。国際社会と銘打ったところでビッグパワーが世界を席巻し、自国中心主義が国際機関の大部分を牛耳っているのが現実だ。多国籍軍といっても米国が手を引いて中東を爆撃したのはnatoで仏軍だけだ。誰かが何かをやってくれる。そのための国際社会ではない。左翼の幻惑的空間と化した今の国際機関でかろうじて行きながらえているのはUNHCRぐらいのものか。それすら定かではない。日本が今後、目指すべきは脱国際社会だ。国連中心主義ほど劣悪で卑怯で怠惰で絶望的な選択肢はない。それにしても喉の痛みが引かない。あまり頼りたくないがルルを飲んで寝ようとおもう。
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10月12日 朝

季節の変わり目になると風邪をひく。どんなに気をつけていても風邪をひく。酔っぱらって眠るからだとおもう。そうした日が年に一回はあって、その日が必然的に休肝日となる。吞みたくても吞めない。身体が受けつけない。共通するのは前数日間に体力をひどく消耗することがあって朝晩の寒暖差が激しい一日で大酒を飲んだ日。まさに今回が当てはまる。前々日にトレッドミルで1時間走った。久しぶりにオールアウト寸前まで身体を追いこんだ。翌日はブーツで街中をひたすら歩き回った。歩行距離は10キロを超えるだろう。夜は夜でいつものように限度を無視して楽しく飲んだ。気絶するように眠ったその翌日、目覚めたら喉に違和感があった。一瞬、飲みすぎたなと思ったが、ふしぶしが痛いことに気づいた。体温を計ると平熱をはるかに上回る結果が出た。やってしまった。それから今に至る。風邪薬はできるだけ控え、亜鉛とビタミンⅭをいつもより多めに摂取し、コエンザイムQ10をはじめとする家にあるサプリを総動員して安静にしている。治ったと思ったら、今朝はまた喉が痛い。がっでむ。さて、衆院選序盤情勢調査を各社が発表した。共通するのは自民圧勝と共産議席減という結果だ。共同通信でさえ自公300議席超えと報じている。これで株価は安定ラインを維持するだろう。シナと南コリアの通貨スワップも南コリの期待をよそに円満に終了した。一時は延長合意と報じた通信社もあったが、これは希望的観測を全面に打ち出して既成事実化を狙ういつもの姿勢なので完全に無視していたが、ふたを開けてみれば、やはり嘘だった。オリンピックを前に資本が逃げ出すのも時間の問題だろう。虚言と虚妄の国。もはや日本が関わることもない。
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10月11日 午前中

まだまだアイスコーヒーが美味しいなあと思いながら朝を過ごしている。マクドナルドがホットコーヒーを無料で提供するという記事を読みながら。それにしてもここ数日のむせ返るような暑さは何だろう。朝晩はさすがに涼しいが日中はいまだ夏の日差しだ。それでも季節は着実に進行しているようで昨日、近所で金木犀が香った。この香りをかぐと秋が深まった気がする。金木犀が終わると、次はコスモスだ。このころになると晩酌は鍋料理が定番となる。年々、湯豆腐が好きになるが、たいてい寄せ鍋で終わるところに酒飲みとしての修行不足を痛感する。今週だが、何やかやと忙しい。忙しいが遊びの予定の忙しさなので苦にならない。苦にならないといえば、マスゴミ報道もネガキャン一辺倒のようで飽きることなく戯言を垂れ流している。ここまで露骨に妨害を繰り返しても政権が覆らないとは、しんどくないのだろうか。敗戦続きの司法浪人のようでため息が出る。壁は気高い。敗戦やむなし。今回の衆院選で注目の選挙区がいくつかある。まず、筆頭は大阪10区。立憲、自民、維新の三つ巴の構造は維新、希望の選挙協力、左派の選挙協力によって大阪のほとんどがこの図式となるが、全国的にもほぼこの三極対決がメインとなる。三つ巴戦は実に161の選挙区に及ぶ。そのなかでも、この区は別格におもしろい。高槻という全国的にもアカの街で名の知れた土地柄だ。前回は辻元氏が逃げ切ったが、得票率に大差はない。この区では、ちょんまげの松浪氏の印象も強いが、地盤を継いだその息子とは今回で5度目の対決となる。高槻市民よ、今回も爆笑させてくれ。次に注目なのが愛知7区。ここは一騎打ちの様相だ。個人的には、このハゲーよりもこいつのほうがはるかに嫌いだ。顔が嫌いだ声が嫌いだ主張が嫌いだ思想が嫌いだ嘘の内容が嫌いだ開き直るその態度が気に入らないのよ。あとは大阪11区も見ものだろうか。各党首が第一声を発した場所だが社民は大分を選んだ。大分といえば日教組の総本山であり、かの村山富市氏の地盤でもあった。確か警察か公安が社民内部に盗聴をしかけたのもここではなかったか。警察にしろ国民にしろ社民党はテロリストという印象しかない。テロリストの実像が脆弱であるから安心していられるが一定の支援者がいまだいることは見逃せない。いかにグロテスクであろうとそれが正論に傾くのであれば、それも一興だが、社民党にそうした気勢は皆無といえる。今日も暑くなりそうだ。
posted by せつな at 10:13Comment(0)日記