1月29日 午前中

奈良の観光バスの運転手が新型肺炎に罹患した。アホとしかいえない。誰がアホか。もちろん日本政府を取り巻く環境だ。この国に必要なのは革命だ。保身と搾取しか興味のない役人がいかに無能で非力か、今回の危機管理能力をみただけでもよくわかる。武漢から帰国する206名だかの日本人は帰国後、その時点でたとえ発熱していなくとも即、隔離してほしいと願っているそうだ。自分を発信源として拡散したくない、他人に迷惑をかけたくないという。しごくまっとうなこれぞ日本人というべきだが、シナ人にその発想はない。頭に残念ながら、とつけようともおもったが、別に残念でもない。コロナウイルスをバス運転手に感染させた観光客一行はその後、ディズニーランドに向かったそうだ。これ以前に厚労省が発表したメッセージは以下のもの。「シナ国内では人から人への感染は認められるものの、我が国では人から人への持続的感染は認められていません。国民の皆様におかれましては過剰に心配することなく――略」このようなずさんな防疫体制であれば、ウイルスが東京を駆け巡るのも時間の問題かもしれない。開き直って存分にパンデミックを楽しもう、というしか自分の気持ちを楽にする方法がない。なぜ、いつも苦しむのは庶民ばかりなのだろう。そういえば、四条大宮にあった立ち飲み庶民が京橋にできていて、これを関西有名ユーチューバーが紹介していたのだけれど、そのクオリティの高さに呆然唖然歴然とした。まず、キリンラガーの大瓶が350円。かつて、モルツ大瓶を350円で提供していたななつやを思い出したが、泉の広場再開発の余波で消えてしまったので救われる思いだ。難波店はまだあるのだろうか。大ぶりのサーモンの刺身が250円。五枚はあった。さて、11時にジムへ行くまでに片付けなければならないことがいくつかある。まず、このブログを終えて、昨日、買ってきた食材を整理する。ごぼう、たまねぎ、にんじんといったところ。あとは冷蔵庫をみなければわからない。続いてウエスタンブーツを買ったのでこれをミンクオイルで磨く。それから自転車のパンク修理をする。葉書はもう書いた。もうそんなに時間がない。今日も走ります。

1月28日 午前中

豪栄道が引退した。千秋楽前に決めていたという。精も根も尽き果てた。寝屋川の星はそう語り、静かに土俵を去ったのであった。完。おつかれさまでした。何はともあれ、春場所が楽しみだ。大阪に春がきたなあとかんじさせる季節。ああ、春ですね。大阪国際女子もおもしろかった。松田選手のゴールに不覚にも泣いてしまった。薫英に大阪学院大学と地元は活況だ。グランメゾン東京が終わって、その余波なのか、なんだかんだと料理界がさわがしいというか、カラーバス効果なのか、そういった話題が目に付く。昨日はフランス国内で日本人シェフがミシュランの三ツ星を獲得した。フランスでフランス料理で日本人が三ツ星を取るのははじめてとあらば、これを快挙と呼ばずして、快挙はいろいろあるけれど、快挙にもいろいろあるけれど、これも快挙であって、おめでとうございます。取る星あれば、失う星があるのも世の掟というわけで、これをいにしえびとは盛者必衰とか栄枯盛衰と呼んでいた。なにがいいたいかというと、リヨンのポールボキューズが三ツ星から陥落した。50年以上守り続けた三ツ星だったが、近年はもはやそのレベルにはなく、名誉的な評価が主だったともいうし、一昨年の逝去から2020年を迎えたここらで、すわ一転、フレンチにも新しい風が必要だったというところか。座右の書でもある佐原秋生氏の「美食学入門」を紐解きながら、フランス料理の歴史をおさらいしていると、何度となく出会った箇所にも新鮮で端麗なきらめきがあって、奥深さを思い知る。レニエール、サヴァランをフレンチの開祖とするなら、ポールボキューズは中興の祖といえる存在で、その後に続くロブションぐらいから日本でもフレンチが根付いていくのだけれど、個人的にはこのときの動き、というか、名称を知ったのは料理の鉄人が最初だった気がする。それ以前のグランドキュイジーヌをけん引したのが、先のグランメゾン東京でもなじみ深いエスコフィエであり、このオーギュストエスコフィエがホテル王リッツとタッグを組み、数々のフレンチの金字塔を打ち立てる。これを表してかの有名なセリフが生まれる。すなわち「帝王の料理人か、料理人の帝王か」という皇帝ヴィルヘルム2世の言葉だ。そして、このグランドキュイジーヌのあとを引き継いだのが先のヌーヴェルキュイジーヌであり、直訳すると「新しい料理」ということになる。ちなみにこのヌーヴェルは英語のニューの女性形であり、ボージョレ―ヌーヴォーのヌーヴォーはニューの男性形だ。料理が女性。ワインが男性。女性の料理と男性のワインが結びつくことからマリアージュなわけよ。よろしく。ヌーヴェルキュイジーヌの代表がポールボキューズであり、ほかにアランシャペル、トロワグロ兄弟、ロジェヴェルジェ、ミシェルゲラールの名前が挙げられている。ここにマーカーが引かれているところをみると、当時、最初に読んだとき個人的によほど重要なキーワードだったのだろう。つまり、このポールボキューズが54年の時を経て、長く守った三ツ星の栄誉から二つ星に降格し、日本人シェフが初めてフランスで、フランス料理で、三ツ星を獲得したという、まさにいま現在進行形でヌーヴェルキュイジーヌはさらなる進化を遂げている最中であり、今日はその区切り、時代を塗り替えた日。それが2020年の1月28日であって、ひとしおに感慨深い。堕ちる星あれば、昇る星もある。夜空に輝く星あれば、人知れず曇る星もある。新たな星の誕生に。そして、寝屋川の星に。
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1月27日 午前中

起きたら9時だった。ひさしぶりにこんな時間まで寝た。昨日は予約しようとおもっていた焼肉屋がすでに満員御礼で来店したくば早くて22時というふざけた人気ぶりにすっかり落胆し、買ってきた総菜を缶ビールで流しこんだ。それでも呑み進めるうち、すっかり楽しくなってきて9時には寝ようと思っていたのが10時、気づけば11時と真夜中2時にソファで目が覚めた。酔い覚めの水飲みたさに酒を呑みという川柳そのままでごくごくごくと水を平らげると、ベッドに向かって即、眠りに落ちて、すると夢をみた。4階の学校のベランダから飛び降りようとしている夢で、飛び降りる前に目が覚めて、なんだか寒いなとおもったらふとんを蹴飛ばしていて、寒いはずだ。寒いと悪夢をみる。この法則はずいぶん昔に習得した習癖で、ぐっすり眠りたいときはできるだけ温かくして寝ると、熟睡できるのだけど、昨夜のように完ぺきな段取りを用いたとしても突然の身体の反抗により、ふとんが宙に舞い上がるわけで、そうすると、段取りはしょせん段取りに過ぎないのだということがよくわかる。人間、大切なのは本番だ。しかし、その本番にいたるまでは積み重ねた練習がものをいう。積み重ねた練習は俗に下積みなどとも呼ぶが、長いそうした修正に次ぐ習性と集成で終世を迎える寂しくも麗しい人生は、そう、人生とは振り返ればすべて練習だった気がしないでもない。それで、昨日の予約失敗も練習と思い直して、これを教訓にするならば人間としてまた一歩、歩を進ませることにもつながるので、なにも悲観することもないんだなこれが。それでも昨日は焼肉の口で、しかも七輪であぶられた焼肉をいただきたい口で無煙ロースターなどというまこと和牛をばかにした代物ではビールが進まぬわこのうつけが、と吼えたところで、周辺にて焼肉を供せられたとして炭で焼かれたとしてたとえおいしかったとしてそれは夢幻にすぎず、真っ白な煙のなかで肉をほおばり、野菜をつつき、きんきんに冷えたジョッキをぎんぎんに張り切った自分がますます一家隆盛と胸を張ってひじを張ってひじで這ってワンツーワンツー。
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1月26日 午前中

風呂の日だ。おふろの日だ。あたたかいお湯に浸かって、のんびり過ごしたいな。平和な心持ちでいると、世の中はちがった。とても物騒だ。空は真っ白。季節も真っ白。大寒も過ぎて、すべて真っ白。とにかく真っ白。真っ白なオツムでJcomを眺めていると、おっさんぽがはじまった。それで、元町の高架下が飲食店だらけになっていると知った。ひさしぶりにグーグルマップで神戸の街を散策すると、懐かしくて、当時、暮らしていたときのまま、時間が止まったような店がいまもあって、ノスタルジーだなあ、のんびりするなあ。そのなかに天一軒を見つけた。当時、あの焼き鳥にかぶりついてビールをよく呑んだなあ。いまの何倍もビールを呑んだなあ。などと書くと、この表現に疑問を浮かべるひともいるかもしれないが、あの焼き鳥はかぶりつく焼き鳥で、高松とかあのあたりの焼き鳥。ほかにも残っている店は結構あった。飲食店だけではなく、行きつけのコインランドリーもまだあった。片隅で若い女が雑誌を読んでいた。沈黙を突き破るように突如、流れてきたメンズ5のへーこきましたねあなたを思い出した。近所の王将もまだある。通いなれた銭湯もあった。震える声で劇団のオーディションやバイトの面接の電話をしたのも公衆電話だった。あの電話ボックスはさすがになくなっただろう。こうして考えると、自宅にいかになにもなかったかが思い起こされて、大阪への引っ越しは軽トラで済んだことも思いだした。あの頃は何もなかった。されど、それがよかった。手に入れるだけだった。手に入れるだけの日々。余計なことを考える余裕もなく、余裕にふるまえるほどの品位もなく、品位を知るだけの頭もなく、ただ、自尊心はあった。時間もあった。あとはそれ以外を探して捕まえるだけだった。三ノ宮駅の周辺に青春が落ちていた気がする。学生も多かった。いまの日常の風景よりも年寄りが少なくて、もっともっと子供が多かった気もする。モトコーに集うのは普段、何をしているのかよくわからないひとばかりで、古着とか雑貨、ジャンク品に混ざって一粒の宝石のかけらが眠っていて、それを探すのに夢中で、あ、というまに時間が過ぎていった。いまではもう飲食店だらけになったという。若者は夢を拾うのをやめて、年寄りが集う場所になったのだろうか。あのころの神戸はどこに行ったのですか?探しています。誰か知っていたら教えてください。どこに行ったのですか。
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1月25日 午前中

疲れがピークで身体が動かない。それでもジムは待っている。休むという選択肢はない。どうするか。さらにくたびれるしかない。くたびれたといえば、豪栄道の大関陥落が決まった。稀勢の里、琴奨菊、豪栄道の時代がこれで終わりを告げた。気づけば遠藤7勝5敗で優勝の目はなくなり、たかけいしょうの追い上げに賭けるしか楽しみもなくなり、紙の通帳もなくなるばかりで、アルパチーノもいっているように人生はなくなるばかりだ。なにかないかと探せば、あった。芥川賞直木賞が決まった。東京五輪の公式ユニフォームも発表された。1964年次を彷彿とさせるモデルとなっており、今回は上着の色とズボンの色が逆転した。時間切れ。ジムにでかけます。
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1月24日 朝

今日から春節がはじまる。昨日は神戸南京町でも注意喚起が呼び掛けられ、マスクと手洗いうがいの励行を促しているニュースをみた。支那人のもっとも人気の訪問先が日本ということで近年は人数、消費額ともにトップをひた走っている。支那人の民度を考えるとこれはひじょうに困ったことなのだが、政府はそんなことをつゆほど気にかけることなく儲かればそれでよしと臭いものにも蓋をしてしまっている。皺寄せがくるのはいつの時代も庶民だ。正直、儲けることに異存はないが、あくまで安全性が大前提であり、それをないがしろにしてまでカネに執着はしない。困ったことの具体的なひとつは支那人の女が発熱しているにもかかわらず、解熱剤を用いてフランス入国に成功したと鼻高々にsnsに投稿している案件で、これをひとりの女性の行動とみるべきか、それとも彼らの日頃の傾向とみるべきかで意見はわかれる。健康被害を真剣に考慮するならば、当然、後者と考えてしかるべき措置をとるべきだが、入国の際にはサーモグラフィしか用いられていないのが現状だ。武漢市政府は23日市内全域を事実上の封鎖措置に踏み切った。大型連休前の素早い対応と評価できるいっぽう武漢市に暮らす住民はそれでも脱出を図る。先の女に通ずる道だ。1100万人の大都市であるがゆえ、相当の混乱が見込まれたが、武漢市政府は公共交通機関の遮断だけでなく、道路も封鎖した。警察ではない。軍が出動しての大がかりな封鎖だ。これが武漢市のとった対策であり、日本の主要国際空港が見習うべきはこの点だろう。もはや猶予はない。陽が昇れば彼らは嘘をつき、解熱剤を飲み、ひとを欺き、どっとやってくる。すでにベトナムでも新型コロナウイルスの罹患者が確認された。日本政府がとるべき対応の見本は武漢にある。一刻も早く、我が国を救ってほしい。忸怩たる思いで、そう願わずにはいられない。
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1月23日 朝

いきなりステーキが食べ放題をはじめる。問題はその価格で60分間3980円プラス税。て、ことは4400円で60分間ワイルドステーキとハンバーグが食べ放題。その他、付け合わせは有料。これ、食べ放題っていうのだろうか。ステーキは焼き肉とちがって焼いてもらわなければならない。この時点で60分ではなくなるし、ステーキと焼き肉では自ずから食べ進むスピードも違う。4400円出してステーキ食べ放題にいく人間を仮定すると、食べ物系ユーチューバーか フードファイターということになるが、この観点こそがペッパーフードサービスの不愉快さを物語っている。一般人なら、通常の感覚を持っているなら、4400円も出すならば、焼き肉食べ放題にいくだろう。これだけ出せばおそらくステーキ肉も食べ放題だ。しかも2時間ね。いきなりステーキの当初はステーキを割安にいただけるというのがコンセプトだったはずだが、いまではそのメリットは皆無だ。値引きだけはしないという覚悟すら感じる。潰れるべくして潰れる店なのだろう。
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1月22日 夜

三菱UFJが紙の通帳をやめたら1000円くれるという。24日から先着10万名までとかでさっそく申し込もうとおもう。正直、紙の通帳など使うこともないし、スマホさえあればそれで事足りる。その他の銀行ももうほとんどこの形態が主流になっているし、メガバンク全体も時間の問題だろう。昨年10月からはじまったキャッシュレス決済への移行もなんだかんだで進んでいるし、なんだかんだでいまだに現金払いなのはじじいばばあばかりな気がする。ダイソーで何点もかごに入れ、財布から小銭を取り出そうとする年よりにも辟易とする。スーパーなどもそう。現金払いどころか、店員を質問攻めして行列を長引かせているのは年よりばかりだ。有害としかいえない。他人を気にしないように心がけているが、とにかく平日に行動しているとやたら目につくのでうっとうしくてしょうがなく、こいつらが年金でのうのうと生活しているとおもうとやるせなくなる。払ってきたから当然といった意見も老人の口からよく聞かれるが、掛け金が違うだろう。負担額がけた違いというだけでなく、右肩上がりの給与体制で年功序列の終身雇用の60才からリタイヤでは世代間格差と呼ぶのもおこがましい。まるで違う国の人間だ。いや、違う星の住人と揶揄してもいい。超高齢化と少子化、さらに縮小社会とあっては、もうシステムを変えなければならないのは急務だろうけれど、今日の国会中継をずっと観ていたら、まだまだかかりそうだなというのが実感だ。やたら出てくる言葉、検討。自分にはもっとも縁遠い言葉。必要なの実行だ。実行して実現することだ。政治にその力がなければ、自分でとっととはじめるしかない。
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1月21日 午前中

問題が山積みだ。紙に書きだすと10個あった。中にはハンドミキサーを買うこととかも含まれているから問題とひとくくりに呼べないのかもしれないが、とりあえず片付けていこうとおもう。ああ、眠い。たぶん眠い。先日、ブックオフで大市民の未読巻を見つけたので買った。これがなかなかよかった。大市民の山形鐘一郎がつとに公言しているよう生きるとは工夫と知恵だと最近とみにおもう。もちろん生きるためには健康であったり、経済力であったりとさまざまな要因に左右されることも確かだが、すわ振り返ってみると、それすら、そういったことすら、工夫と知恵にほかならなかったのだといまさらながら気づかされる。何事も教訓であり、森羅万象、教えがあふれていると知った次第で、そう考えると、見えてくるニュースにも深い意味が隠されている気がする。直近でもっとも気になることをいくつか挙げると、ジャンル的にはすべて生活防衛に関連することであり、そこには健康問題と経済問題という先の要因に直結する問題へと収斂されるわけであって、まず一つ目が武漢の新型肺炎。公表されたのが今年に入ってすぐの3日。おとそ気分でカズノコに舌鼓を打っているころ、情報は海を越えて日本にやってきた。武漢市で原因不明の肺炎患者44人発生。さらに9日。患者から新型のコロナウイルスが検出。11日。患者ひとりが斃れる。13日。タイで武漢市から来たシナ人の女性の感染を確認。15日。日本でも武漢市に滞在していたシナ人の男の感染を確認。数年まえだったか、世の中を震撼させたサーズもコロナウイルスの一種であり、なぜ、その名が付けられたかというと、ウイルスの形状が太陽のコロナに似ているからという至極シンプルなもので、これまでひとに感染するのは6種類が知られていた。今回、該当するものはこのなかにない。だから、怖い。特効薬もない。予防としては外出時にはマスクをすること。手洗いうがいの励行。健康な若い男女であれば、重症化する可能性は低いとも聞くが油断は禁物。水際で食い止めましょうとおもっていたらあらやだ春節。シナ人の一番人気の旅行先がわが国、神国。二つ目が総務省の悪知恵で実行されようとしているインターネット税。こちらは2024年の導入を目指しているというが、もうさ、税収減ったら減ったで支出を減らすしか手は残されていないよ。しまいにはほんまに桜田門外の変が起きるよすぐだよもうすぐそこだよ。というわけで、生活防衛に努めましょうと注意喚起をうながす今朝でした。
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1月20日 夜

呑んだ呑んだ。生ビールだけでも何杯呑んだのだろうか。ワインも一本明けた。朝までウイスキーも呑んだ。そうすると、翌日のジムは地獄となるのだけど、ルーティンなのでさぼるわけにはいかない。昼は回転ずしにでかけた。とにかくデトックスに努めたいときは粉茶を飲むにかぎる。何杯も飲む。うどんも食べる。スープも飲み干す。さらにお茶を飲む。胃薬も飲んだ。タウリン3000も飲んだ。しじみも飲んだ。もちろんオルニチン、システイン、亜鉛も飲んだ。夜は酒なしで鴨鍋を食べた。汁も飲んだ。氷水も飲んだ。それでいまどういう状態かというと、吐きそう。とりあえず暇なのでクリームシチューをつくりながらユーチューブを観ている。でも、つらい。胸やけがつらい。酒のない夜を体験するのはひさしぶりだ。どれぐらいひさしぶりかというと、久しぶりすぎて覚えていない。昨年の健康診断前日も呑んだ。ああ、つらい。
posted by せつな at 13:30Comment(0)日記